…day(1/3)
*
ほろ苦い香りが漂う珈琲、最後のひとくちを男はむりやり流し込んだ。
すっかり静かになってしまった空間で一人飲む珈琲は、あまりに味気ない。
彼はゆっくりと立ち上がり、数分前に映像が途切れてしまったデータを抜き取り、そのメモリを水に沈めた。
「博士!」
バタンっと大きな音に、彼はそちらを見た。
白い肌によく映える紅い口紅が似合う、ユキが、彼が今しがた水に沈めたメモリを見つめた。
「……博士、ウソ、ついていましたね」
「なんのことかな」
とぼける彼に、ユキは涙を浮かべた。
嘘をついた相手はユキだけでない。
この地下で敵に回してはいけない人々。
たとえどんな罰を受けても、貴重な人材である彼はいつか解放される。
それがわかっていても、きっと彼に待ち受けている厳しい処罰を想像したユキは彼を思って涙を浮かべた。
彼は、そんなユキを冷ややかに見つめるだけ。
「マリーに、追跡機能を付け忘れたから居場所はわからないと、そう言いました。
上の方々が大変お怒りで、私が、なんとか場を収めました。
でも、博士は、ウソをついていた」
冷たい目の彼に、ひるまずユキは続ける。
ただ彼を思って、彼を想って。
「マリーを追跡することは可能だった。
現に博士はマリーの居場所を知っていた。
それどころか、マリーの見ている景色も、彼女が聞いている音も、すべて知ることができた!
できないと貴方はウソをついたけど、ほんとはできて、貴方一人で独占していた!」
それが、どれほど罪深いことか。
耐えきれなかったのか、ユキのまぶたから涙がこぼれる。
彼は柔らかな笑みを浮かべて、相変わらず冷たい目でユキを見つめた。
p.57
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