幽玄即興曲
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[09#Rei](1/5)
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「怜、月末までに1億用意できるか」
突然現れたかと思うと、事務所のドアを開け放したままで宗一は言った。
「月末……って、1週間後じゃん」
宗一は、形式的に置いているだけの応接ソファに腰を下ろすと煙草を咥えた。怜は黙って宗一のもとへ歩み寄り、zippoを擦って差し出した。煙草の先で火を受け取った宗一が、深く吸ってから長く煙を吐きだす。
その煙をなんとなく見ていた。
「できねえのか」
「できるけど」
「ならいちいち余計な言葉をくっつけんじゃねえよ」
明らかに機嫌が悪かった。宗一はとてもわかりやすい男だった。機嫌がいいからといって怜を猫可愛がりすることはなかったが、逆の時はひどかった。なるべく琴線に触れないようにしてやりすごすに限る。
「また来たのか」
「誰が」
「あのデカに決まってんだろうが。桐生とかいう。最近よく出入りしてるそうだな」
「ああ。けど関係ない。宗一もだろ」
「まあな。組の問題は全部関わりがあるっちゃあるが、掃除は若いもんの仕事だからな」
「用事はそれだけ? 金の準備ができたら連絡するよ」
「……脱げ」
宗一は冷たく言い放つと、まだ長さの残る煙草をもみ消した。
――いつも唐突だった。仕事の話をしていたかと思えば、脱げと言われることにも驚かない。それが宗一だから。
宗一の命令は絶対だった。下手に逆らって殺されるのならばまだいい。時間を忘れるほど殴られ、蹴られ、首を絞められたこともある。
だが、必ず死の一歩手前で手を止めるのだ。怜は意識が戻ってきたときに「自分は生きている」ということを身体で覚えていった。
宗一と出会った初めの頃、よく言われた。
「俺が憎いか」と。
でも、怜には「憎い」という感情がわからなかった。そもそも感情などというものは、生きていくことに必要がないと思って過ごしてきたのだ。
でも、心身をズタボロされるうちに、胸の奥で小さな炎が芽生え始めた。その炎にどんな名前をつけたらよいのかわからなかったが、宗一に対してのなんらかの強い感情であることは間違いなかった。
そうやって痛みを刻まれながら、宗一の所有物になったのだ。
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