幽玄即興曲
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[03#Kiryu](1/1)
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 怜の住むマンションは、麻布十番の駅から狸穴方面に少し歩いた場所にあった。すぐ近くの六本木周辺とは打って変わって、静かで物騒なことなど起こり得ないのだという雰囲気の街だった。

 外観に統一性のない窓やバルコニーが張り出した造りの中層階建てで、いわゆるデザイナーズ物件というものらしい。



 桐生は、オートロックの機械で、最上階の角部屋のルームナンバーを呼び出した。

「どなた?」

 6度目でようやく反応があった。モニターに向かって警察手帳を広げ、名乗った。

「桐生だ。話がある、入れてくれ」

「……」

 無言のまま横のスライドドアが開いた。




「なに? ほんとにヤリにきたんだ」

 玄関ドアを押しあけると、目の前には眩しいくらいの裸体を晒した怜が立っていた。湿った髪を鬱陶しそうにかきあげ、挑発的な視線をよこす。

「ふざけるな。話があると言った」

「寝てたんだけど」

「知るか。もう8時だ。問題はない」

「あんたの基準で話すのやめてよね。俺、帰ってきたの7時だし」

「それまでどこで誰と何してた」

「なに、俺のアリバイ調べ?」

「そうだ」

「とりあえず入ったら」

 怜がつま先で来客用スリッパを蹴った。



 目の前を歩く怜は身長こそ高くはないが、その背中にはまったく無駄がなかった。

 警察の中には胸や腹、腕の筋肉自慢という奴は掃いて捨てるほどいるが、意外と背中に筋肉をつけるというのは難しく、前はいいが後ろは疎かという輩も多かった。

 対して怜は、どこから見ても完璧な身体だった。同性から見ても惚れ惚れする。いや、同性から見るからこそなのだ。



 通されたリビングからは、目の前に東京のシンボルタワーが臨めた。

 生活感がまるでない部屋には洒落た家具に、きっと価値のあるであろう絵画が配置されていた。

 ヤクザに囲われている男にしてはセンスがよすぎた。

「酒しかないけど」

「いらん。まあ座れ。それと何か着ろ」

「脱げってのは言われ慣れてるけど、着ろってのはあんたが初めてだよ」

「榎本との関係は本当なのか」

「セックスしてるかって?」

「露骨だな」

「女子供じゃあるまいし、ぼかす必要もない。で? どんな体位でヤって、何回射精するのかって情報も必要?」

「ああそうだな」

「……気に入ったよ、あんたのこと。ヤラせてよ」

 怜が桐生の手をとったかと思うと、また同じ小指を口に含まれた。

 その熱になにかを呼び起こされるような感覚に見舞われたが、慌てて指を抜き払った。



 怜は口角をやや持ち上げて、その手で耳朶をそっと抓んできた。

 それはまぎれもなく男の指だったが、桐生は何故か鼓動が速まるのを抑えることができなかった。












fin.



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