ヤンデレとサイコパス
7[夏の嵐(前)](1/14)




 夏休みに入ってすぐ、莉緒は小規模のバレエコンクールに出場した。


 小規模とは言っても、レベルは決して低くない大会である。


 莉緒の実力では入選は厳しいだろうが、良い経験になればと思い、バレエ教室を代表してエントリーした。


 両親は観に来ていない。


 今までの発表会ですら、一度しか来たことがないのだ。


 今さら期待などしない。


 中学に入る前から自分の才能の無さに気づき、バレリーナになる夢は諦めていた。


 それでも踊ることは好きだから、趣味として続けている。


 今日のコンクールのことは、友達にも凪にも言っていない。



「深呼吸して、平常心でね。行ってらっしゃい」


「はい。行ってきます」


 先生にそっと背中を押され、莉緒は舞台へと向かった。


 演目は、白鳥の湖のバリエーション。


 白いチュチュ姿で可憐なオデットを演じる。


 数分間の独断場。



 ──上手く踊れた!



 観客の拍手を浴びながら、心地いい疲労感と高揚感に包まれる。


 笑顔で会場を見回す莉緒の目に、ある人物の姿が飛び込んできた。



 ……え? 何で、いるの?



 真ん中あたりに凪が座っていた。


 微笑みながら拍手をしている彼を、莉緒は半ば呆然として見つめた。


 コンクールの話、してないのに……。



 何とか笑みを作ってレヴェランスをして、舞台袖へと戻っていく。



「良かったわよ、莉緒ちゃん。よく集中できてたわ」


「ありがとうございます……」


 先生に褒められて嬉しいはずなのに、頭の中が混乱していた。


 出場者たちでごった返す控え室に戻るなり、関係者と思われるスーツ姿の中年女性に声をかけられた。



「夏目莉緒さん?」


「はい、そうです」


「これ、あなたにって。背が高くてハンサムな男の子から」


 女性がそう言って、美しい真紅のバラの花束を手渡してきた。



「えっ……」


 “背が高くてハンサムな男の子”とは、凪のことだろう。



「彼氏かしら? 若いっていいわね〜。おばさん、羨ましいわ!」


 戸惑う莉緒をよそに、彼女は一人で勝手に盛り上がっていた。





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