紅龍 10 1 / 8







「あれ、壬黎さん。今日早いっすね?」



「早く目覚めたから来た。暇だったし」



「暇ってのも珍しい」





一先ず桜龍氷鈴の仕事はひと段落し、久々に昼間から溜まり場に顔を出せば夏休みだからかいつもより人口密度が高い。



ただ幹部連中はどこかに出かけているのか見当たらずいつものソファーには聖夜がだらりと座っていた。





「舜は何となく補習だろうけど、双子と湊は?」



「あァ…双子さんならまだ来てないです。湊さんはパソコンのどっかのケーブル壊れたらしくて買いに行ってます」



「ははは、双子さんって。何それ。白夜も来てない?」



「最近何か忙しいのか来たりこなかったりですよあの人」





聖夜に仕事振ってるから暇そうなイメージしかなかったけど何かしら忙しいらしい。そう言えば夏休み前も予定くらいあるなんて言ってたっけ。



ソファーに座りながらそう考えていれば。





「…でもなんかさっき誰かが繁華街で女とデートしてんの見たって言ってました」



「へェ」



「監視カメラにも写ってますねェ。多分相手普通科の夏休み前教室まで来た子っすよ」



「…あァ、あの子か。デートするまで進展してるの?知らなかった」





興味深々でパソコンを聖夜の背後から覗き込めば繁華街が映し出されていて、映像の右中央らへんに壁に寄りかかりながらスマホを触っている白夜の姿が映っていた。



そしてそれに駆け寄っている女の子の姿も見える。店から出て来たところを見ると外で待っていたらしい。ちゃんとデートしてる。





「…ちょっとからかいに行かない?」



「絶対言うと思った!ダメっすよ!湊さんも帰ってきてないんすから!」



「俺がなんだって?」



「帰ってくるタイミング悪ィ」





頭を抱える聖夜を引いた目で見る湊の腕にはさっき聖夜が言ってたなんかのケーブルが入った袋がぶら下がっている。



少し濡れているのは何でだろう。雨でも降ってたっけ?そんなに離れてない繁華街は映像を見る限り晴れてたけど。





「お前らが居たのに何で外で水風船投げつけ合ってる奴らに気付かないんだよ」



「あァ、水風船ね」



「涼しいし味をしめたってところっすかねェ」





関係ないですよって顔してるけど聖夜も生徒会…というより夢馬に怒られてるはずなんだけどな。確かに今日は一段と暑いし水遊びしたいのはわかる。



ただおじゃんにしたケーブルを買い直しに行った湊からすればせっかく買ってきたものを水害に合わせるわけにはいかない。神経質になってるらしい。





「湊さ、これから暫く出かけない?」



「まァ…これ繋げないといけないし暑いからどこにも行かないな」



「ノエルちゃんとちょっと繁華街まで行ってくるから、なんかあったら連絡して」



「待て、繁華街でなんかあったのか?」



「違う違う。白夜のデート覗きに行ってくんの」



「悪魔かお前は」





普段ぐでっと面倒臭そうにしている白夜が女の子と2人きりでどうしてるか気にならない方がおかしくない?そう言えば湊にも聖夜にも盛大に溜息をつかれた。





「何で俺まで巻き込むんすかね」



「1人で覗きに行くなんてただの変な人じゃん」



「1人でも2人でも他人のデート覗いてたら怪しいっすよ」



「2人なら堂々と追いかけられるでしょ。何のためにいつものフード被った暑苦しい格好じゃないと思ってんの?」





聖夜の運転するバイクの後ろ。いつもの顔を隠す服装ではなく夏らしくオフショルダーにハイウエストのスキニー、そしてサンダル。一応顔を隠すようにサングラスまで持参した。



よくその格好で湊さんに止められなかったですねとぼそり呟く聖夜の声がしっかりと聞こえる。



そんなもん湊がケーブルをつなぐ道具を取りに行った瞬間に着替えて出てきただけだけど、とは言わないでおいたほうがよさそう。





「バレたらどうするんすか」



「バレないようにあたしらも手繋いで歩けばいいよ。郷に入っては郷に従えって言うでしょ?」



「なんか使い方違う気がするけど…バレた瞬間俺に拳が飛んでくるのは間違いないっす」





さすがに白夜も昼間人通りが多いなかで殴ったりはしないと思うけど。



聖夜の中の白夜のイメージがよく分からなくなった。破壊神か何かと勘違いしてるのかもしれない。





「そもそももう既に帰ってるって選択肢なかったんすか?」



「午前から予定入れると思う?少し前に会ったばっかりだろうし今頃どっかで遅めのお昼でも食べてるよ」



「行動パターン把握しすぎっすか。なんなんすかこれも阿吽の成果ですか」



「あ、それ久々に聞いた」





長いこと一緒にいれば行動パターンなんて分かり切ってしまうだけだけど。それにさっきの映像で女の子がお腹空いたねって言ってたのは口の動き見たら分かったし。



そんな事を思っていれば繁華街に到着したみたいでバイクが停まる。相変わらず人が多い。夏休みだから余計にかもしれない。





「さてと、どこにいるかなァ」



「あ、監視カメラ見ます?」



「ノエルちゃんも乗り気じゃん」





若干鼻歌交じりにスマホをいじる手元を覗いてみれば次々とカメラの映像が変わっていく。仕組みはちんぷんかんぷんだけど曰くリアルタイムらしい。



サラッと使いこなしている。いつの間にこんな白夜みたいな芸当身に付けたんだろう。





「あ、ここっすね。最近オープンしたカフェにいるみたいです。SNS映えするって有名なうちの商売敵」



「ちょっと恨み入ってない?パンケーキとか出てくんのかな」



「パンケーキが昼飯って…女はすごいっすね」



「そりゃノエルちゃんからしたら前菜みたいなもんだろうけど…出てくるものによっては量多いよ、あれ」





ブラックホールとも言っていい聖夜の胃はパンケーキごときじゃ満足するはずもない。あ、考えただけでもうお腹いっぱいになってきた。



聖夜に目の前にいてもらえば自然とダイエットが出来るかもしれない。





「ここから遠いの?」



「…すぐ真後ろっすね」



「すっごい偶然」



「あ、居た!居ましたよ壬黎さん!やっぱりパンケーキ食ってる!しかも一緒に食ってる!あの白夜さんが!」



「見ればわかるから落ち着いてくれる?」





ぐいぐいと引っ張られる腕をそのままに少し後ろを見れば、向かい合い甘そうなパンケーキを食べている白夜と女の子。



確かに相手は青組団の女の子だ。制服じゃないから実物見ないと分からなかったけど。



それにしてもあの白夜がパンケーキ食べてるとは…珍しい物を見れたかもしれない。普通にご飯食べてるところしか見たことなかったし、何より甘いものは苦手だと思ってた。





「あ、やべっ…こっち見た」



「適当に手振って」



「すごいガン見してますけど」





思わず再度少し振り返ると室内の2人とも凄い見てる。怖いくらい見てる。



あなたの知り合いじゃないですよと言わんばかりに聖夜の腕に自分の腕を絡めて軽く会釈してみれば、気付いているのかいないのか。2人に会釈を返された。白夜が会釈ってなんかうける。





「…バレてないのかな」



「…みたいっすね。とりあえず一旦ここから離れましょう」



「なんかスリルあって楽しいから定期的に誰かの後つけようかな」



「いやァ、これは白夜さんだから面白いんすよ」





確かにそうだと軽く頷き聖夜と手を繋ぎカフェから離れる。いまだにじっとこっちを見ている赤い目に少し冷や汗が流れた。



気を取り直してとその辺を歩いていれば、パンケーキ見たからか甘い物に目が行く。





「あ、ノエルちゃん。あたしあれ飲みたい」



「え?タピオカっすか?」



「甘いもの食べたいけど暑いから飲み物にする。ちょっと買ってくるから待ってて」



「…いや、俺も行きます」





何かを思案した後そう言い聖夜はあたしの手を引きタピオカミルクティーを注文してナチュラルに会計まで済ませてしまった。



代金を渡そうとすればいらないと言われて素直に甘えておく。こういったデート術は何処で学んで来るんだろう。やたら慣れてるのは多分結構な数の女の子にやってるからだと思うけど。



日陰に入りながら道ゆく人を眺めれば、夏休みだからか繁華街には親子連れや学生がいつもより多い。昼間はまた夜と違って遊びに来る人達が多いのもこの繁華街の特徴である。



少し歩けば映画館やアミューズメント施設、ショッピングモールまであるのだからそりゃ人も集まるわけだけど。





「タピオカ美味いっすか?」



「初めて飲んだけど何かもちもちしてる」



「そりゃそういう物ですからねェ」





持っていた容器はそのままに手首を持たれて、その状態のまま一口飲む聖夜に手に持ってた容器を握り潰しそうになった。ナチュラルすぎる。こんな事ほいほいやってんの?



思わず見上げればにやあっとあの悪い笑顔を浮かべた聖夜と目が合った。これは面白がってる。





「付き合ってるふり、じゃないんすか?」



「…心臓に悪いよノエルちゃん。ドキッとした」



「はは、思ってもないくせに」



「さァ?」





へらりと笑ってごまかしてみたけれどさすがにそのまま飲まれるとは思ってなかったから別の意味でどきりとした。ファンに殺されるんじゃないかとか、そういう意味で。



幸いその辺に聖夜ファンはいなかったみたいで変な視線もないし少し安堵する。





「あ、壬黎さん。白夜さん達動きました。アミューズメント施設に向かってます」



「どこに行くのかわかったはいいけど…施設入られたらどこにいるのかわかんなくない?」



「入る前に見つけて何処に行くのかだけは見ないと全部回ることになりますよ」



「白夜達の方が距離あるはずだから、施設の中入ってちょっと目立たないように待ち伏せしよ」





施設の中にはゲームセンターもあり物凄い爆音状態だった。



あまりのうるささに顔をしかめていると聖夜に繋いだ手をグイグイと引っ張られ、押し込められた先は喫煙所。





「ここ、俺らからは入り口見えますけど入り口側からは死角なんですよ」



「吸わないくせにそんな事知ってんの?」



「舜さんが言ってました」



「信憑性薄いなァ」





少し笑いせっかく喫煙所にいるしと煙草に火を付ける。制服じゃないし多分大丈夫、なはず。



この施設、ゲームセンター以外にもボーリング場やカラオケ、ダーツ、ビリヤード、バッティングセンターがありいろんな人達が利用している。白夜達は何をしにここに来るのか気になる所ではある。





「あ、来た」



「本当だ。どこ行くんすかね」



「エレベーター乗ったってことはボーリングかな」



「ダーツって可能性もありますよ」



「あの子ダーツすると思う?」





なかなか尾行には難易度高めな所ばかり行くな、あの2人。普通の学生の遊びだったりデートはこんな感じならしい。見てる感じ女の子がどこに行きたいって言ってるみたいだし。



ボーリングは何階かに分かれてるけどとりあえず受付を3階でしないといけないからある程度は絞れる。



それにしても2人でボーリングってなかなかきつい気がするんだけどあたしだけかな。順番回ってくるの早そう。





「どうします?とりあえず3階行きますか?」



「そうだね。ちょっと混んでること祈ろう」



「空いてれば一発で見つかりますからね」





エレベーターに乗り込めば同じく3階で降りるグループがいつくかいた。この感じだと心配いらなそう。



微妙に視線を感じるのはきっと聖夜のせいだと思う。紅龍のメンバーの中でも見回りを結構してくれているから嫌でも顔は知られているはず。



本人は気付いているんだろうけど指にあたしの髪をくるくると巻き付け遊び始めていた。しかもいい笑顔で。気付いてるくせにくっついて来ないで欲しい。





「さて、同じ階のレーンだといいっすけどね」



「え…あたしらもボーリングすんの?」



「ここまで来たら楽しまなきゃ損じゃないっすか?」



「んん…それもそっか。でもゆっくりやろ。2人だと回ってくるの早いし」





前の人にならい紙を記入していくけど…困ったことに名前を書かなきゃいけないらしい。



適当でいいっすよ。白夜達がいないか周りを見ている聖夜に言われる。





「書けた。これ出しに行けばいいんだよね?」



「壬黎さんまさかボーリングそんなしたことないんですか?」



「昔1回だけしたことあるけど」



「ガーターにならないようにするやつ付けてもらいます?」



「んぐうっ!」





馬鹿にしてんの?そんな事ないっすよォ。ぷすりと頬を突かれニヤッと笑われ。確実に馬鹿にしてるのは分かった。



そんなにノーコンじゃないと思う。多分。










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