猫 1/1
おや、あんなところに可愛らしい猫がいる。どれ。しっぽをピンと立ててナアナア鳴いて愛らしい。
こういう小さくてマフマフとした生き物に僕は弱いのですよ。猫は人に懐かないとは言われるけれども。不思議と猫の気持ちがフッと分かる時があるのです。
例えば、この猫。
きっととても寒いんだろうね。こんな真冬にひとりぼっちで。撫でてやると気持ちよさそうにしているからきっとそうなのだろうよ。健気に鳴いて可愛いじゃあないか。
ただ人間となると難しい。
顔で笑って心で泣く人もいるからね。「好き」と言われて真に受けた後、それをあっさりと裏切られることもある。いや、僕の話じゃあないけれど。
だからたまに、僕は昔猫だったのじゃないかと思うのです。猫として生きていた時代があったのじゃないかと。それが江戸時代か、はたまた明治か知らないけれども、まさしく僕の魚好きは猫のそれのようだし、骨だけきれいに残して食べるところも、やたら顔を念入りに洗うところも、ホラなんだか猫のような気がしないかい。
と、猫に向かって語りかけているうちに、なんだか本当にそんな気がわいてきてムズムズして気持ち悪くなりました。
さっきまでナアナア鳴いていた猫も急に押し黙ってこちらを見るので、慌てて笑顔を作りアゴを撫でてやろうとしたら。
「人間がイヤなら、代われ」
声がズンと響いたかと思うと、グワングワンと頭が痛くなり僕は気を失ってしまったようです。気がつけば回りは真っ暗夜の気配。凍りつきそうに寒いったらありゃしない。
立ち上がろうと体を動かしてもちっとも視界は高くならず、顔は常に地面に近くて声を出そうにも、アレおかしいな、言葉がまったく出てこないじゃあないか。
ナア、ナアナアナア。
ナアナア。ニャア。
呆然とする僕の目に、こちらを見ている見慣れた体つきの、見慣れた男の顔がうつりこんだかと思うと、まるで猫のように暗闇へ逃げていきました。
[ 4 ]
←|→
ちょっと休憩を
⇒作品レビュー
⇒モバスペBook
BACK