桃仙鬼夜話

13:[摩利支天](1/15)


(これ以上はもたない・・・)

犬神はアヤメを見る。アヤメも犬神に助けを求めるような視線を送っていた。

「結界はもたない!死にたくなければ外へ出ろ!」

犬神は入口に向けて叫んだ。だがマサミは動こうとしない。使用人もまたそれを見守っている。

「カスの集まりか!自分の身は自分で何とかするがいい!」

桃太郎の体が変色を始めている。もうその気配は完全にヒトのそれではない。もともと白かった肌はさらに雪のように白く変わっていく。四本のツノはそれぞれ大きくなって、黒く短かった髪はみるみる長くなり、肌と同じような色に変わる。桃色の襦袢から見える腕は太く、血管が浮き出し体そのものも大きくなっていた。

桃太郎の両手首にある、数日前に犬神が与えた金色の腕釧。壊れてこそいないが、ただの鉄屑のように輝きを失っていた。

大元帥明王の呪は、最早かけらもなく消え失せていた。そもそも見よう見真似でかけた術ではあったのだが、それでもかけたのは"犬神"である。そして使用したのは"大元帥明王"。全ての明王の総帥とも謂われるモノ。遠い過去、国家鎮護にも使われたと聞く。

それすらも逆に封じ込めてしまうとは。

犬神は己が退化していることを口惜しく思う。しかし、たとえ退化していなかったとしても、この現状を打破できるとはあまり思えなかった。目の前の桃太郎は、それ程の鬼なのだ。

床が嫌な音をたてた。

法具が中心の桃太郎に向けて傾く。アヤメは動くつもりはない。マサミは腰の刀を抜き、背後の使用人の一人が指で宙をなぞった。入口を塞ぐように星型の残像が、マサミと使用人の前で停止している。それを横目で確認し、犬神は片手で扇子を目前に構えた。

法具は、ことりと倒れた。

古い床板が悲鳴のような音をたて、結界が一瞬で消滅する。瞬時に再度結界を張り直そうと腕を振り上げた瞬間、犬神は感じたことのない凶々しい気配に、反射的に桃太郎から距離をとってしまった。

突如

目を開けていられない程の閃光が部屋を埋め、轟音が耳を貫く。激しい振動にそこにいた全員が立っていられず床に伏した。

ほんの僅かな時間だった。光が去り、轟音が止み、振動が消え、犬神が少し顔あげるとすぐに異変に気づいた。

床が抜けていない。





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