桃仙鬼夜話

5:[推参](1/5)

聞こえるのは風の音だけだった。錆びついた古い缶が、乾いた音をたてて転がっていく。

子供が一人それを眺めていた。その子供は真鍮製の随分と厚みのある額当てをつけており、小さな顔にはあまり似合っているとは言い難くとても目立っていた。その子供の両隣に男が二人。何かの毛皮で作られた灰色のベストを着た男の華やかな長い袖が風に揺れて、黒革のロングコートの男は金色の髪を整えていた。二人はその子供を守るかのように辺りを警戒して視線を巡らせる。

人がいた、という気配だけが見て取れる。大きな街ではないがそれなりに施設もある。しかしそれは見て分かるほどにとても古かった。もともと綺麗な街でもないようで、随分前に壊れただろう箇所も修理はされていない。やけに錆が目立つ扉は視界に入る全ての店が閉めていた。ただ店先には売り物が残されている。置かれた野菜に水気はもうなく土埃を多分に被っていた。

警報が鳴ったのは昨日。

10メートル程の塀で囲まれた街。その隅々まで届く耳障りな警報は、塀の外にある小さな村々にも届いていたのだろう。来る途中に見た村もやけに静かだったのだ。だが人はいた。そこの村人に昨夜警報が鳴ったと聞いたのだ。街の門から誰も出てこないと。

「ヒトが見えない・・・どっかに避難してんのかな」

両手を上着のポケットに突っ込んだまま辺りを見回す。
“桃太郎”は先頭にいた“サル”に確認した。

「サイレン鳴ったの昨日って云ってたしね。変だな、陰陽寮のやつらか退鬼師に片付けられてるかと思った。このくらいの町じゃあ無視かね〜。“島が出た”わけじゃないし、小物だろうな。・・・お前、聞こえてたろこの距離」

サルはお気に入りなのか、高級そうなサングラスを急いでケースにしまい、腰へと戻した。強い風で乱れた金色の髪を一生懸命整えながら“イヌ”をひと睨みする。

「聞こえてたけど通り道だし、聞こえてなかったのアンタだけでしょ・・・ちょっと!その長いコート邪魔!前を歩くなバカ猿!」

「あ?なんだとバカ犬が!」

サルが着ている長いコートを踏み付けそうになり、危うく転びそうになったイヌは当たり散らす。そのロングコートは踝までのだいぶ長いものだった。少し前屈みになれば裾は地面についてしまうほどに。イヌは汚い物でも見るかのように扇子で口元を隠し、殺意のこもる視線でサルを睨みつけていた。





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