フリージア
2.慣れ(1/11)
大学生になっても高木くんは私の迎えに足繁く通った。
どうやらバイトを始めたらしく、高校生の時よりも来る回数は減ったが、それでも週に一回は必ず来た。
多い時で週に四回来て、「友達と遊ぶのに時間を使いなよ」と言ったが「早紀さんに会いたかったので!」と笑顔で返されれば何も言えなくなった。
そして高校生の時と変わったことと言えば彼が私の家に上がり、ご飯を作るようになった。
いつからそうなったかも、きっかけももう忘れてしまった。
気づけば当たり前のように彼を家に上げてご飯を作ってもらっていた。
帰り道にスーパーに寄って買い物をし、私の家で料理をする。
今では私よりも冷蔵庫の中身に詳しくなってしまった。
高木くんは料理が上手かった。
家で手伝いをしているように思えないからいつの間に練習などをしているのだろうと疑問に思ったが聞けずじまいでいる。
特に聞く理由も見当たらなかったからだ。
私の仕事が終わってからご飯を作るので帰る時間は必然的に遅くなり、11時を過ぎることもザラだった。
私の仕事の都合でごくたまに日付を越えることもあり、その時はさすがに泊まることを勧めたが彼は紳士に断わった。
理由はいつも同じで「泊まるのは付き合ってからにします」だった。
普通付き合ってもいない男を泊めることなんてしない。ましてやこんなに夜遅くに家の中に入れることも。
それを許してしまい、更には泊めようとまでする辺り、私は彼を恋愛対象として見ていないのだろう。
彼はそれに気づいている。
その上で何とか自分を好きになってもらおうと奮闘しているのだ。
彼の健気過ぎる頑張りと、以前までの彼のギャップに頭が混乱する。
変貌し過ぎだ。
「毎週夜遅くに帰ってきて、親御さんに怒られないの?」
「はい、大丈夫です。
放任主義ってわけじゃないんですけど昔から仕事人間で俺達の事は好きにしなって感じであまり干渉してこないんです。
それでもやっぱり心配なのか、日付が越えるくらい遅くなる時は事前に言っておく決まりになってて…。
嘘ついたのバレたらうちの親、怖いので。」
中華鍋を振るいながら高木くんは答える。
少し嬉しそうな表情からはその縛りが面倒だが、心配してくれていることに対する嬉しさが垣間見えた。
「じゃあ今日は連絡してないの?」
「早紀さんの所に行く時は毎回連絡を入れてますよ。
早紀さんが残業した時以外は11時には帰るようにしてますけど何かしらの理由で12時を過ぎちゃったら怒られますから。」
「ふーん、ねぇ、次来る時は連絡しないで来てよ。」
「えー、何でですか?」
「わざと帰らせないようにして、高木くんが怒られて欲しい。何か面白そうだし。」
「もう、駄目ですよ。
それに帰らせないようにって何ですか?期待しちゃいますよ。」
高木くんは軽い口調でからかいながらクスクスと笑う。
この手の冗談には私も免疫があるから大して慌てなかった。
恐らく花奈だったら慌てふためいて動揺していただろう。
私は「つまんないな」と愚痴を零し、テレビのチャンネルを変えた。
パッとバラエティー番組が映り、最近流行りの芸人がネタをやっていた。
私もお気に入りの芸人で、花奈と一緒によく真似をしている。
この前食堂でやってたら部長に見つかって呆れられたっけ。凄い笑ってたけど。
「ねぇ高木くん、この芸人知ってる?」
「えー?何て人達ですか?今火を使ってるから余所見出来なくて…。」
「モーテルって人達!ほら、リズムネタのさ。」
高木くんはテレビに背を向けた状態で鍋を振っているから全く画面が見えないようだったので、私はわざわざキッチンまで出向いてネタの真似をしてみせた。
割と全力でやった。恥ずかしさはあったけれど高木くんに伝えるためにそれはかなぐり捨てた。
高木くんは一通り私のモノマネを見た後「ぷっ」と吹きだした。
「あはは、何ですかそれ!今そういう人達が流行ってるんです?」
「そうよ、大学で流行って無いの?」
「流行ってませんよ、そんなの。それ流行ってるの多分小学生くらいまでじゃないですか?
俺らはもっと実りある話してますから。」
「どうせM女の合コンをどうやってセッティングするかー、とかでしょ?」
「え、何で知ってるんですか?」
「渡辺くんに聞いたの。この前偶然会ったから。」
渡辺というのは高木くんと同じ大学の子だ。
彼もまたチャラチャラとしていて好めるタイプでは無かったが、彼は高木くんよりも更に無理な部類だった。
金髪に刈り上げをしていて、耳にはピアスが複数個。
彼等のグループはそういう子が多く、今どきの子だと感じる。
その中にいると高木くんは地味な見た目だったがオーラが一人だけ異質で、やはり彼は別格だと感じた。
グループの中で一番モテるのはやはり高木くんらしい。
いや、グループの中だけでなく学部全体で最もモテるのだとか。
彼は明るい茶色だった髪の毛をトーンダウンし、暗めの茶色へと染め直した。
元より耳にはピアスを付けていないため、何処にでもいるような大学生そのものだ。
前にピアスを開けていない理由を聞くと「痛いのが嫌だから」と何とも可愛らしい理由を語られた。
そして少し懐かしそうな目をし、「前に同じ質問を村上にされたんですよ」と優しい声で教えてくれた。
彼の高校時代のほんの半年間だけ刻み込まれた皐月くんの思い出。
その以前より仲良くなりたいと考えていたからその時代も含めるとその期間はかなり長いかもしれない。
彼の高校時代の半分を捧げた皐月くんは未だ、彼の元にも花奈の元にも帰ってきてはいなかった。
p.15
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