そしてまた春になる
[迷い蛍](1/9)







コツコツ、と
窓を叩く音で目が覚めた。



薄らと目を開けると
九時三十二分。



今日はこの時間なのか、と
彼の来る時間は、やはり掴めない。










外は雨が降っているようだった。






どこから入り込んだのか
一匹の蛍が目の前を飛んでゆく。






迷い蛍。













その淡さに誘われるように
赤い絨毯の上にトン、と
裸足で降り立って、

窓の鍵へ手をかけた。








その大きな窓はわたしの背丈の
倍以上もあって、
鍵に手をかけるのにも
背伸びをしなければ届かない。






それだけに、
天気の良い日の昼間なんかは
この広い部屋へ存分に光を送る。


この部屋唯一のそれは、
この大きな病院で一番頑丈に
造られていることを知っていた。






そんな窓も、
内側からカチリと鍵を開ければ
あとは外側からそっと押すだけで
すんなりと開く。












「こんばんは、螢(ケイ)さん」


『こんばんは、さくら』











微かな光に照らされた
優しいひとが、

わたしと蛍のいる部屋を見て、
口角を上げて緩く笑った。


























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