狐の婿入り
五.[紅葉、舞う](1/35)
紅葉山は白くしっとりとした霧に包まれて、静かな朝を迎えていた。
晩秋の紅葉山は赤や黄色に彩られ、錦のごとく艶やかである。
燃えるような赤に染まった紅葉は、まさに今が見頃だった。
霧に沈んだ谷底で、影が蠢いた。
それは茂みを掻き分けてずんずん進んでいく。
やがて茂みから飛び出してきたその影は、まるで紅葉のように鮮やかな赤毛を持つ狐だった。
海を切り取りそのまま眼窩(がんか)にはめ込んだような深い瑠璃色の瞳と、細く引き締まり、しなやかな体躯。なんとも若く、美しい赤狐だった。
赤狐は沢に下りてきて、周囲を用心深く見渡すと、一声鳴いた。
すると、すぐさま赤狐のもとに仲間の狐たちが集まってきた。
赤狐は満足気に鼻を鳴らした。
「――それで、何か目新しいことはあったか?」
赤狐は器用に口を動かし、言葉を発した。
それに仲間の一匹が答えた。
「特には。どいつも大人しくしている。
――あぁそういえば、銀狐に客が来るらしい。それも、人間の」
赤狐はそれを聞いてハッと鼻先で笑った。
「そりゃあ良い。いつぞやの人間のように、だまくらかして遊ぶか」
同調した仲間の狐たちがどっと笑い声をあげた。
しかし、そこへ「待て待て、続きを聞け」とたしなめるような声が先程の狐からあがる。
「お付きの白狐が浮かれて喋っているのを聞いたんだが、なんでも、その人間は銀狐の嫁らしい」
赤狐の表情が変わった。
「……ふーん?」
赤狐は暫く何事か考えている風だったが、やがてニヤリと口の端を吊り上げた。
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