狐の婿入り
二.[許嫁、来る](1/25)
江戸市中より離れたところにある、紅葉山。
この山はその名の通り、真っ赤に燃える紅葉の名所である。
しかし、この山に人が立ち入ることは無い。
紅葉山には人を化かす妖怪がいて、山に入った者は誰一人として無事に帰ることはできないという。
そんな噂が広まり、紅葉山には地元の人々でさえ恐れて近付かなくなってしまったのだ。
「…こんなに、きれいなのにな」
男が腕を伸ばし、赤く染まった紅葉の葉に触れた。
ぱきり、と乾いた音をたてて枝が折られる。
男は手折った紅葉の枝を所在無さげにくるくると弄んだ。
その時、がさり、と背後で落ち葉を踏みしめる音がした。
男は顔を上げて、背後を振り返った。
そこには、一匹の小さな白狐がいた。
白狐の右耳に付けられた環状の装身具がキラリと金色の光を弾いた。
「主様(ヌシさま)。江戸より報せが届きました」
その白狐はまるで人間のように、器用に口を動かして声を発した。
「……何だって?」
「主様にお会いしたいそうです。何やら大切なお話があるとか…」
男は顎に手をやってふーんと言うと、分かったと頷いた。
「三日後、そちらへ行ってやると返事しろ」
「承知いたしました」
白狐はぺこりと頭を下げると、後脚二本で危なっかしく立ち上がってふらふらと歩いて行った。
男はそれを見て、白狐を呼びとめた。
「お前、何で二本足で歩いてるんだ?」
「あい。人間変化の練習です」
「…なるほどな。
おい、三日後には練習の成果を発揮しろよ」
小さな白狐は、これまた人間のように頬を緩ませてにぃと笑った。
「あい!」
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