狐の婿入り
八.[夫婦、妬く](1/36)

木々の色は柔らかな新緑から艶やかな深緑にすっかり変わり、爽やかな風が枝葉をしなやかに揺らすようになった。
さざめく葉の隙間から零れる木漏れ日はきらきらと眩しく、まるでギヤマンの粒を撒いたように美しい。

燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光の下では、全てのものが生き生きとして見える。

江戸中が一年で最も躍動する季節、輝くような初夏が訪れた。



***


ちゅんちゅん、と雀の賑やかな鳴き声が聞こえてくる。

――朝だ。


雀の姦(かしま)しいお喋りに、眠りの世界に落ちていたお鈴の意識は浮上を余儀なくされる。

「ん……う…」

まだ眠っていたいのは山々だが、閉じた瞼越しに感じる日の明るさが起きる時間だと告げている。
お鈴はゆっくり十数えてから、ようやく観念して目を開けた。



「――っ!」

その瞬間に口から飛び出そうになった悲鳴を、お鈴はとっさに唇を引き結んでなんとか飲み込んだ。

――び、びっくりした…っ!

お鈴の視界に映し出されたのは、瑛輝の穏やかな寝顔だった。

瑛輝はたとえ寝ていても変わらずいい男ぶりを発揮しており、すっと高く通った鼻梁にきめ細やかな肌、朝の柔らかな光を受けて白銀に輝く髪など、溜息をつきたくなる程美しかった。
しかも、それがお互いの鼻先がぶつかってしまいそうな程の近さにあるものだから、お鈴の心臓はどきどきと大きく脈打った。


ふと、お鈴は自身の腰に瑛輝の腕が回されており、すっかり抱きしめられていることに気が付いた。
…もしかして、一晩中この状態で?
お鈴は急激に恥ずかしくなってきて、困惑顔を真っ赤に染めた。

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