僕らが犯人を許したのには理由がある
[この街には無い店](1/1)


 ガサ……。

 ふさぎ込んでいたイチヤの耳に、その音はやけにはっきりと聞こえた。ほとんど止まっていた意識が覚醒する。つむっていた両目を開くと、イチヤはキョロキョロとあたりを見回した。

「あれは何だ?」

 イチヤの声は、もめていた四人の耳にも、やけにはっきりと聞こえた。

 皆が同時に振り向いた。その視線が注目する先は、本棚の横のスタンドミラーの下――。

 イチヤがダッと走り出した。落ち込んでいたのが嘘のようだ。どうやら贈り物の効果があったらしい。

 イチヤの手がプレゼントをつかんだ。それは汚くて皺くちゃで、ゴミ箱がわりに使うようなコンビニの安いビニール袋だった。

 イチヤが取っ手の紐の片方をつまみ上げた。重みで袋が変形する。

「こんなもの、さっきからあったっけ?」

「きったなぁーい、誰のそれ? 私のじゃないよ」

「イテテ……なあ、イチ、何が入ってるんだよ?」

 イチヤは集中していて答えない。慎重に袋を開き、中身をひとつずつ取り出し、床に並べて置いていく。

 マリアが遠巻きに覗き込んで言った。

「えっと……錆びた時計、千切れたネックレス、片方だけのイアリング……他にもあるけど、全部古いものね、新しければ高価だったかもしれない」

「そいつらがなんだか知ってるぞ。まとめて『不燃ゴミ』ってやつだ!」

 タイチがおどけて見せる。けれどイチヤは聞いていなかった。彼の頭の中は、もうこの奇妙な落とし物の虜《とりこ》になっていた。

「そうだ! そうに違いない! ついにわかったぞ!」

 イチヤが興奮して叫んだ。

「これは『忘れ物』だ!」

「え? ワケワカ! 私の部屋に? 何で? どーいうこと?」

 アイの言葉にひたすら疑問符が多い。

 冷静なマリアは黙って考えている。勘のいい少女はイチヤの発言の意図を汲み取っていた。

「イチヤ。あなたの考えている事、わかるわ。確かにさっき勉強していた時には、そんな袋はここになかったかも。それに――ねえ、そのビニール袋、ちょっと貸してくれる?」

 マリアはイチヤから袋を受け取って、皺になっていた部分を広げた。

「ほら、見て。ここについているロゴマーク『セブン・マート』よ。こんな小さなコンビニ、私たちの家の周りにも駅の近くにもない」

「つまり……」

 タイチとトシカズの頭にも、マリアと同じ気づきが流れこんでくる。

「置いていったのが『私たち以外の誰か』だって事」

「そいつが犯人か!」

 タイチが右拳を握って、反対側の掌に打ち付けた。

「落ち着いて、タイチ。その人が盗ったなんて言っていないわ。『ここに入ってきた誰か』かもしれない」

 マリアの言い方は慎重だった。

「……なあ、今のと犯人って言葉に、なんか違いがあると思うか? アイ」

「私に聞かないでよ、へ・ん・た・い!」

 アイが顔を醜《みにく》くして、ぺっと舌を出す。タイチはお手上げという仕草でマリアに説明を求めた。

「だって全部、想像の話だもん。盗んだとか証拠はないし。調べることもできない。私たち警察じゃないんだから」 

「そのとおり。僕たちは警察じゃない」

 イチヤがマリアの言葉にかぶせてきた。その声は、さっきまでの緊張した様子とちがって、何だかワクワクしていた。

「DNAを調べる機械もなければ、指紋だって採取できない。第一、捜査する権利すらもっちゃいないさ」

「僕らただの中学生だもんね」

「だけど……」

「だけど?」

 四人の声が重なった。

「話をする事は出来る。人間の基本」

「話ぃ? 誰とぉ〜?」

「馬鹿っぽい声を出すなよ、アイ。『容疑者』に決まってるさ!。それに現行犯なら警察じゃなくたって、逮捕できるんだぜ」

「……お前何言ってるんだ、イチヤ。どこにその『容疑者』がいるんだよ。そいつはとっくに、どこか遠くをのーのーと歩いてるさ」

 イチヤはチッ・チッっと指を振る。

「戻ってくるんだよ。ここにね。なぜなら……」

 イチヤはマリアのそばに置いてあった、空のビニール袋を持ち上げた。

「『忘れ物』があるからさ!」



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