僕らが犯人を許したのには理由がある
[容疑者T](1/1)


「ねえタイチ。でもなんか今日のイチヤ、結構マジだったと思わない?」

 先程までのイチヤの演技に気圧《けお》されたのか、トシカズが真面目な顔で聞いた。

「あのなあ、トシカズ。あいつのはいくら上手でもプロのコスプレイヤーみたいなもんだ。立派なもの被ってるだけで、中身はイチヤそのまんまだぞ」

 その言葉はちゃんと本人に聞こえていた。失意の底から歯を食いしばって復活するイチヤ。

「く……くそぉ!! 言ってろ、タイチ! さあ、そろそろ種明かしの時間だ!! もう僕には犯人がわかってるんだ!」

「え、もう? マジ?」

 タイチとアイ、トシカズはお互いに疑念のアイコンタクトを送る。

 イチヤは持ち上げていた人さし指で、トシカズから、アイ、マリアと順に指し示していった。その指は最後にタイチの前でピタリと止まった。

「タイチ! 犯人はお前だ!」

「げげ! 馬鹿言うな! な、なんで僕なんだよ!」

 一瞬にして三人の疑いのオーラが、タイチに襲いかかる。日頃のタイチの行いが後押ししているようだ。マリアだけはまったく信じられないのか、キョトンとしていた。

「なんでそんな適当なこと言うんだ! 証拠でもあるのか!」

「ははは! そのお決まりの台詞、イコール私は犯人だって言ってるようなもんだ! では理由を教えてやる。タイチ、お前は何か失ったものがあるのか?」

「へ? 失ったもの? え? えー……」

 タイチは腕組みをして考えてみた。

「いや……言われてみたら何も盗られていない。というか大事な物、ここに持ってきてないしなあ……」

「ほら見ろ! 事件は被害が無いやつが犯人だって決まってるんだ! 先々週の放送がそうだった! トシカズ刑事、あいつを拘束しろ! 犯人の身体検査を行うぞ! 奴に盗品を運び去る時間は無かった。みんなの宝物を所持しているはずだ!」

「は、はい! 名探偵!」

 すっかり暗示にかかっていた素直過ぎるトシカズは、困惑するタイチの背後に周り、チームメイトを羽交い締めにした。

「こ、こら離せ! 何で言われたとおりに動いてんだ、トシカズ!!」

「ぐふふふふ……」

「い、イチヤさん? こら! 手をワキワキすんな、離せったら! わぁぁ! うっ! うひゃひゃひゃひゃ!!」

 マッド・サイエンティストのような手付きのイチヤが、タイチの服を脱がせにかかる。一流ゲーマーの中学生の指はとても器用に動き、あっという間にタイチをトランクス一枚に仕立て上げた。

「きゃあ!!」

「わぁお(嬉)」

 恥ずかしがる二名の女子が手で顔を覆う(うち一名は、指の隙間が広い)。

「むむむ、そんな馬鹿な! 何も持っていないだと!!」

 イチヤが驚愕の叫び声を上げた。

「え、無かったの?」

 力を緩めたトシカズの腕から逃げ出したタイチは、あわててTシャツをつかむと、体――特に下の方を必死に隠した。

「バカヤロ! どこにそんな物隠す場所があるってんだぁぁ!」

「むーん、捜査は完全に行き詰まってしまった……」

 推理に失敗して意気消沈したイチヤは、すっかり大人しくなってしまった。



- 10 -

前n[*][#]次n
/20 n

⇒しおり挿入


⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?

[編集]

[←戻る]