火竜に継ぐ唄風

二度目に見上げた星空 ( 9 / 10 ) 



  大剣を肩の上で構え、標的であるギアノスをしっかり見て気を集中する。これから自分が倒れるにも関わらず、ギアノスはキョロキョロと辺りを見渡して無防備な姿を見せる。

「はぁあああああ!!」

 気迫のこめたマナカの叫びと共に気に満ちた大剣を力強く前に振り下ろす。
 振り下ろす瞬間。はっと気付いたのかギアノスはマナカの方へ体を向けたが、そのときはすでに遅くマナカの体重と大剣の重量を乗せた渾身の一撃を頭から直に受けることになった。

 さっきのマナカのときと違い、高く、大きく飛ばされたギアノスは頭に大きな傷跡をつけ、力なく地面に叩きつけられる。
 すでにギアノスの体力は底をつき動かない肉の塊となっていた。

 この短い戦いだったが、マナカにとっては少しだけ長く感じた。息も少しだけ乱れ額の汗を腕で拭う。『まだまだ運動不足だな』とほんの少しだけ認めてみる。

「最初にしては上出来だ」

 見守っていたリオスが一言で感想を言う。実際に戦ってみるとどこか『達成感』が満足するように感じた。
 しかし、やはり命を奪った罪悪感が同時に心に染みた。
 ハンターとして倒したモンスターへ償いの一つとしてやらなければならないことがある。
 むしろハンターがモンスターを狩る目的はこちらであろう。

 ごくりと唾を飲む。

 握っていた大剣はすでに背中へ背負い、かわりに戦闘用には使わない剥ぎ取りナイフをブルブルと震えながら握り締めていた。

 剥ぎ取りの行為はハンターにとって狩猟にとって大切なことだ。奪った命を無駄にすることはできない。

 小さな命が別の命へと繋げる。
 倒したモンスターを必ず剥ぎ取ることは別に義務付けていないが、全ハンターの狩猟の雰囲気から見て倒したモンスターを剥ぎ取らず放置することは周りのハンターから冷たい目線を突き刺されることになる。

 そんな狩猟もマナカにとっては初めてのことばかりだ。
 ギアノスの傷はただ一つ、頭部分のみだ。
 違う言い方から見れば皮部分は無傷なのである。
 狩猟により獲物の傷は付き物だがこの場合、剥ぎ取る獲物の状態は最高だ。
 その完璧な状態で剥ぎ取ることには初のマナカにとって逆に緊張するものであった。
 素材の状態が良ければ少しは高値でつく。たとえ、仮ハンターで素材を回収されてもギルドからは大喜びをするであろう。

 カチコチの肩へリオスの手が乗る。

「落ち着け。失敗しても俺が食ってやる」
「……見ないでよ?」

「早くしろ、素材が痛み始めるぞ」

 剥ぎ取りナイフをゆっくりとギアノスへ入れる。
 引き締まった肉質はやや堅く力任せなところもある。赤い切り口を描き筆のようにナイフの刃は血で赤くなる。
 剥ぎ取りについては教官からも教わっているし、ナイフについては日頃から調理に使っている。

 かすかに響くナイフの音にリオスは耳を傾ける。

「…………ふぅ」

 剥ぎ取りが終了して息をついた。リオスが振り返ると辛うじて原型を保っている剥ぎ取られたギアノスと、薄く顔を血で汚したマナカの顔が映った。

 剥ぎ取りだしたのはギアノスの皮。しかもかなりサイズが大きく白い皮に青みがかかった独特な模様がはっきりと見える。
 マナカはそれをポーチに押し込むと作業をするために座っていた体を立たせる。

「中腹。いってみようか」

 初めての狩猟に不安や恐怖などマイナスなイメージが多かったが、ギアノスへ与えた一撃はマナカに自信を持たせてくれた。

 先頭がリオスだったのに今はマナカが無邪気な子供のように先頭に立ち、光射す出口へ向う。

「早くいこー」

 その声に背中を押されるようにリオスも微笑み、歩きだした。


「わぁ……」

 思わず、驚いて漏れた言葉も荒れ狂う雪の中へ吸い込まれる。
 洞窟を抜けたここは雪山中腹。通称エリア6だ。

 辺りは外にも関わらず吹雪の風鳴りが響き渡り、地面は全て氷と雪により真っ白だ。掘ろうにしても土ではないこの床はとてつもなく硬い。
 天井を見上げると時間を積み重ねて育った氷柱が何本も垂れ下がっている。

 すでに二人の髪には雪が多少多めに乗っていた。
 気温も一気に下がったような感覚で鳥肌が立ち、息は白さを増す。頬は針が刺さるように痛く吹雪が勢いに乗ってぶつかる。

 視界が不安定であったが、この地で育っている草花は雪に埋もれながらもたくましく生きている。

 もちろん、こんな過酷な場所で生き延びているのは草花だけではない。

「ギャオゥ!! ギャオゥ!!」

 少し前に聞こえた同じ鳴き声が二人の耳のなかへ入ってゆく。
 薄暗い空はこの場所をさらに白に近づけるように塗り潰される。
 より雪や吹雪の中で紛れ込みやすくなったギアノスは歪んだ視界で少しの間、見分けることはできなかった。

 数を数えると見えるのは5体。先ほどとは数が少し増えている。
 さっきは一体だけの戦闘だったが、いきなり難易度が上がり五体の相手をする。

「どうするマナカ?」
「3体倒して村に帰れるわけないでしょ」
「……そうか」
 リオスは奥のほうへ回り込み挟み撃ちをするような体勢をとった。
 吹雪の中で一瞬だけ見失ったが目線が合ったため、すぐに見つけることができた。
 一瞬の不安があったがそれはあっという間に終わった。

 しかし、ギアノス全員はマナカの方へ向けている。
 戦闘のギアノスが走りだすと後ろのギアノスも追いかけるように走りだした。
 複数の白い狩人とマナカの距離はあっという間に縮まっていた。戦闘のギアノスがこちらに大きく飛び掛かってきた。

 それをマナカは横へ回避して着地を狙おうと背中の大剣に手を伸ばしたが、タイミングをずらして後ろについていたギアノスがちょうどマナカが回避したところへ飛び掛かってきた。
 さらに横へ回避するが、また別のギアノスがその場所へ脚の爪を光らせながら全体重を踏み落とす。

 すでに最初に飛び掛かってきたギアノスは次の行動へのスタンバイはOKだ。 まるで、マナカの行動を読んでいるかのように追い詰めてゆく。

 一方リオスのほうは武器を構え、ある程度近づいてあっという間に一体倒してマナカの様子を見ていた。

 連続で回避することは無理な動作でもあるため、スタミナの消費が激しい。そっさの勘で素早く大剣を手にガードをする体勢をした。膝を着いたことで安定が出てくるが、そんな甘い物ではなかった。また、大剣でのガードは他の片手剣やランスと違って剣そのもので防ぐため、衝撃により切れ味を大幅に落としてしまうのだ。

 ギアノスはそんなマナカの大剣へ着地してその反動で蹴り飛ばす。ギアノスの脚力が大剣を伝って腕に衝撃が響く。


「私も甘いね……」

 わずかな隙を見逃さず、マナカは大剣を持ちながら前転をして剣が当たる攻撃範囲まで近づいた。
 攻撃を避けられたギアノスたちは連撃を止めてしまった。

 大剣を握る手に力が入る。力を振り絞って右足を前に出し、体を軸に大剣の重さを遠心力に任せて振り回した。

 ヴァルキリーブレイドは元々何度も強化された強力な武器。勢いに乗った刃は鱗を吹き飛ばして肉を貫き、そのまま骨を砕く破壊力でギアノスに強烈な痛みを与え、大きく水平に吹き飛んだ。

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