火竜に継ぐ唄風

二度目に見上げた星空 ( 10 / 10 ) 



  赤い弧を描いてギアノスは宙を舞う。今日初めて見た吹き出る血に二度目だが慣れることにはかなりの時間がかかりそうだ。マナカの顔が青くなり、わずかな吐き気が襲う。
 ギアノスは残り4体。狩りに集中しようとマナカはそんな不調を無理に我慢をする。
 振った大剣の刃は白い床に埋まっていて体全体の力を使って引き抜く。
 大剣の重量により走ることができない。マナカは大剣を前に向けてゆっくりとギアノスに足を進める。

 一方ギアノスはすでに体勢を立て直してマナカへ応戦する体勢を見せている。
 何故かリオスには牙を向いてこないのは何故なのか?
 リオスが強すぎるからか? それか自分より弱いと判断したマナカが獲物に適しているのか。
 そんな事を考えているうちにマナカはギアノスに囲まれていた。マナカが大剣を持っているにも関わらず、一匹のギアノスは飛び掛かりもなくマナカに接近してくる。
 ギアノスの腕が上がり冷えた長い鎌のような爪は鋭さを知らせるかのように鈍い。
 小型モンスターでもありながら振り掛かろうとするその爪の大きさは驚きを隠せない。

 マナカは避けようとしたが、いつの間にか近づいていたギアノスが防具の腰部分を噛み付いて思うように動けない。
 作戦なのか単なる変態という単独行動なのか、気が付けばギアノスの爪が振り落とされてマルモフシリーズに深い傷が付く。防具越しで体そのものに傷は出来なかったが、爪が肌を滑るような感覚は決してよいものではなかった。

 強引にもヴァルキリーブレイドでなぎ払いギアノス二体を頭上より高く飛ばして地面に落ちる。急所でもないがギアノスは冷たい氷の絨毯の上で二度と立ち上がることはなかった。

 いくら隙があるといえ、多少の傷が出来る覚悟で攻撃した。痛みを恐れて歯を食い縛った結果、体のあちこちに浅い傷を残しながらも残りのギアノスは一体となった。

「はぁ、はぁ……」

 連続回避に力いっぱいの攻撃であっという間に体力が底をついて息があがり、目が眩む。後はギアノス一体のみ。傷に自覚があるものの、ここまできたのだから最後までやり遂げたいという意志が強かった。
 ギアノスに向かって歩きだし最後の一撃を振り落とす。ヴァルキリーブレイドが何かにぶつかった衝撃が刀身を通って腕に伝わる。その感覚が勝利の確信を感じていた。

「……!?」

 確かに自分はヴァルキリーブレイドを振り落とした。しかしギアノスは怯むことも吹っ飛ぶこともなく立っている。
 目の眩みが解けてくると驚くべきその理由が分かってきた。
 振り落とされたヴァルキリーブレイドはギアノスの横で刃が少し埋まっていた。酸欠で目が眩んだためか目標(ギアノス)を切り付けることなく空振りに終わったのだ。ギアノスにとっては危機一髪であろう。

「く……くそ……」

 ヴァルキリーブレイドを持ち上げようとするが息が上がって疲れているせいで力が入らず、体の傷は決して気にするものでもない。 今度は逆にマナカがピンチになる。
 ギアノスが爪を光らせ傷だらけのマナカに襲い掛かろうとする。避ける体力も気力もなくギアノスの爪が何重にも見えた。諦めたかのように放心となったマナカはそのまま立ちつくしていた。

 そんなマナカの目の前で一筋の弧が駆ける。その線はギアノスを貫き一瞬にして息の根を止めた。ここにいる狩人(ハンター)はマナカの他にリオスしかいない。

「リ……リオス……」
「ったく、ギアノスごときで苦戦するなよ」

 マナカはその場で倒れこみ肩で息をする。曇った視界を通して見る自分の息は雪山の空と舞う吹雪に紛れて見ることはできないが、音はしっかりと聞こえていた。

「私も……まだまだだな……」
「こんなやられ方をするハンターなんてお前が初めてだぞ」
「へへ……史上最弱とか……?」
「……ぴったりだな」

 リオスの意地悪にマナカはクスクスと笑う。その後このエリアにモンスターがくることはなかった。
 マナカはクスクスと笑う。その後このエリアにモンスターがくることはなかった。雪山の中腹は決して景色がいいわけでもなく荒れ狂う吹雪により耐寒対策をしても凍死してしまうほど寒い。また今回は出ないが、多彩なモンスターが立ち寄るので長居はしたくないものだ。
 そんなこのエリアでマナカは横になり息を整える。

「立てるか?」

 リオスがマナカに手を差し出す。呼吸が落ち着いたのを確認したわけではない。この吹雪の中、人の呼吸を聞くのは不可能である。体内時計というか男の勘というか……

「……ありがと」

 マナカはリオスの手を握って引っ張られて体を傾けて立ち上がる。それと同時に吹雪はおさまり先程とは違い白く輝いたエリアが姿を現す。その様子はまるで雪に包まれた部屋のように感じた。降り続く粉雪は狩りの勝利を祝うかのように優しくマナカとリオスを包み込んだ。

「さて……帰るか」
「うん、そうだね」

 倒したギアノスは計8体。間引きの効果は薄いだろうがもう一回行けば村も少しは安心できるだろう。下山をしながらマナカとリオスは話していた。

「そういえばリオス。村においでよ」

 ニコニコしながら言うマナカに対してリオスはマナカの方を振り向くこともなく言う。

「断る。あそこでは殺気を振りまきすぎた」
「でも、村のみんなリオスを探していたんだよ」
「…………」
「だから、ねっ。私も一緒についてあげるから」
「……勝手にしろ」
 勘弁してくれと言うかのようなリオスにマナカは嬉しくなる。

「じゃあ、決まりだね」
「……ふん」

 ポッケ村に戻ったマナカはクエストの報告と報酬金を貰う。金額が大きかれ小さかれクエストを達成したことにとても満足感があった。

「よくぞ帰ってきたのお」
「まぁ、マルモフがボロボロでしたけどね」

 苦笑いをするマナカでリオスは一人立っていた。

「そういえばお主は……」

 ついにきたか…… そんな表情でリオスは警戒を目しつつマナカとオババを見る。

「実はクエストに助けてもらったんだ。みんな怖いイメージがあったけど本当はいい奴なんだよ」

 マナカの手招きにリオスがオババと直接話をする。

「朝からあんなことをされてお前は今、俺を恐がらないのか?」
「怖がるも何も今お主はワシを襲っていないじゃろ?」
「……面倒な奴だ」
「ところでリオス。住む場所とかどうするの?」

 マナカが覗き込むようにリオスに尋ねる。今までは洞窟で暮らしていたがこの寒い気候だ。いずれかは凍死とかするのも不思議ではない。

「それじゃったら空き家が一つ空いているからそこを使っておくれ」
「え……あぁ……私の家の隣だね」

 楽しそうに話すマナカをリオスはイマイチ理解ができていないらしい。そんなところで他の村人がマナカに気付く。

「あっ、マナカちゃんお帰りーってあれ? 君は……」

 その一言で周りの村人が野次馬かのように集まってくる。中には可愛いやら男前やらいろいろ会話がかすかに聞こえてくる。
「今日は宴でもするか!」
「え!?」
「マナカの初のクエスト達成と君がこの村に来たことを祝って」

 村人の1人が言うと周りはお祭り騒ぎのように騒がしくなる。

「もう……皆大げさなんだから……」

 苦笑するマナカにリオスは口が開かなかった。
 そして夜は皆で楽しく盛り上がっていた。銀シャリ草やシモフリトマトなど見たことのない高級食材を使った料理は見た目も味も驚きの隠せない一品であった。村人はマナカとリオスを囲むように話し掛けてきて狩猟の感想やリオスのお昼頃について問われていた。特に女性の村人はリオスに話し掛けている。内容は大体予想が付いたのだが……
 宴が終わる頃はマナカもリオスもその場には居なかった。


「……やっぱりこの辺だと思ったんだよね」

 住むことになった家の屋根でリオスが振り向くと下のほうにマナカの姿があった。

「あぁ、今まで生き方の影響のせいなのか静かなほうが落ち着くんだ……」
「そっち行っていいかな?」
「……構わねぇ」

 リオスの許可を受け取るとマナカは壁をよじ登って屋根に上る。

「どう? 村の様子は?」
「まったくだ、騒がしくて生きた心地がしねぇ」

 そう言いながらも苦笑をするリオス。

「でしょうね。人間に怯えて生きていたんだから。それも今、人間と隣り合わせだし……」
「今一度俺にチャンスが回ってきたからな」
「ん?」
「言っただろ、昔も俺は村に住んでいたと。あのとき心も変わってしまったからもう一度、この村(ポッケ村)でまた新たに心を変えることが出来るかもしれない」
「……きっとできるよ」
「ん?」
「だってリオスは私も村人も今夜は襲わなかった。だからきっと大丈夫。ここの村人にもすぐに仲良くなれるよ」
「……だといいな」

 無表情っぽいリオスの顔だがわずかに微笑みが見られる。そのまま座っていたリオスは体を横に夜空を見上げる。
 相変わらず雪山の夜は冷たい風が吹いて二人の前髪を揺らして体も冷気で包んでゆく。洞窟のときまでは行かないがここでの夜空も絶景の美しさを持っていた。

「お前と同じ空を見られるのも二度目だな」
「二度目に意味があるの?」「別にないけどな。だが、こうして落ち着いて空を見上げるのは皮肉でもいいものだな」
「まぁ、そうだね」

 二度目に見上げた空。ポッケ村から見える夜空は静かな癒しの時間を二人に与えてくれた気がした。

- 39 -

×しおり×
/40 n


⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?
BACK