【捧げもの集】
[死に神とコウモリD](1/2)
「・・・」
ふゎっと小さな欠伸を一つ。
刃を床に付けたまま、大鎌の柄に持たれるように頭を当てた。
空き家となっているこの広い空間は、元々聖堂だった。廃墟となった今、死に神さえ出入りするとは何とも皮肉なものである。
高い窓から月の光が差し込み、影がまるで彩るかのように美しく模様を付けている。
見つめていると時間が止まったような錯覚に陥り、彼女はそっと目を閉じた。
それを破ったのは、一遍の空気の揺れだった。
感じてすぐに目を開けたのに、もう目の前に立っている相手を見て笑みが零れる。
しかし口を開こうとして、表情が固まった。彼の違和感の原因に気付くのに時間はかからなかった。
「…どうされたんですか?」
左眼を覆う前髪は、いつもなら毛先が顔の中心に向かうように流れている。
それが外側に向かって跳ねており、よく見ると全体的に髪型が無造作だ。
コウモリは前髪を持ち上げるようにひとかきすると、渋い顔で視線を逸らして資料を差し出した。
「ありがとうございます、というより…」
言いかけて、彼の息が僅かに、一見分からない程度にあがっていることに気付いた。
「何かあったんですか?」
死に神はゆっくりと立ち上がる。
大して待っていたわけではないが、彼にしては珍しく遅れて来たということ。
その意味を、今更ながら考えた。
「移動時間の目算を誤ったから、急いで来ただけだ」
言われて冷静に観察してみる。確かにどこかを怪我しているわけでもなさそうだ。
無言の視線を受けて、コウモリは再び口を開いた。
「約束に遅れたことは…」
「そんなことはどうでも良いのですが、本当に大丈夫なのですね?」
その言葉に、コウモリは思わず眉を上げた。
死に神は時間に厳しい。死に神であるが故に当然ではあるが、時間を守らないということは彼女の中で存在しない。
その彼女が「どうでも良い」と言ったことに、面食らった。
何もないと答えると、さらに安堵に表情を緩めて、真っ直ぐな表情で微笑む。
「…確かに受け取りました。急いでくださってありがとうございます」
構えていた分、それは想定外の反応だった。思わず、前置きもなく言葉がこぼれる。
「悪い」
いいえ、と首を傾げる。
「途中で、目算を誤らせる出来事でも?」
コウモリは少し重たそうに口を開いた。
「…鳥が、」
「鳥、ですか」
「家の隙間の厄介な場所にはまり込んでいた」
羽根を広げることも出来ないせいで、もはや放っておいてどうにかなるものでもなく。
猫の餌になるのがオチだと想像に容易かった。
「・・・」
死に神は少し驚いたように彼を見つめ、そして不意に微笑んだ。
その意味を、コウモリもまた察したために何も言わなかった。
「…貴方と初めて話した時も、鳥がきっかけでしたね」
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