僕が引きこもりを始めたのには理由がある
[恐ろしい罠](1/1)
「うわぁ!!!」
僕は叫んで、スマホをカーペットの上に落としてしまった。
いま見たものが信じられなかった。慌てて拾い直したスマホの画面には、まだその写真が写っていた。
顔だった。アイの顔のアップ。いつもの健康そうな肌が真っ白で、頬に殴られたようなアザが浮かんでいた。
目の焦点がまったく合っていない。恐ろしいことに、口の端から真っ赤な血があふれ出ていた。
「アイ!!」
聞こえないと分かっていても、僕は叫んでいた。他のやつらも同じに違いない。
再びブブー、ブブーっというバイブと通知音。
――――――
(あ異) 『……ニ、ゲ、テ……トシ……カズ……ミンナ……ダメ……ヘンジ……シチャ……』
――――――
それが、僕らが見たアイの最後の返信だった。
――――――
(トシカズ)『わあ!! また来た!! 今度は僕に直接、あのメッセージが来たよ!!』
――――――
驚愕している暇もない。うろたえるトシカズのメッセージが、悲鳴のように流れてきた。
――――――
(マリア) 『トシカズ! パニックにならないで!』
(一夜) 『おい! なんかそいつやばいよ! 第一、誰が送ってきたんだよ? アイか?』
(トシカズ)『……シニ……ガミ!! シニガミだ! 名前に死神ってかいてあるうよuu!』
――――――
これには僕も混乱した。理由は簡単で、そんな不気味な名前のメンバーは、もちろんこのグループにいないからだった。
何か裏の方法でもあるのだろうか?
僕は眠っていたMocBookを叩き起こすと、Geeglo《ギーグロ》の検索窓に『死神』と入れてみた。
カマを持った黒服・骸骨男のイメージが表示される。けれど不気味なやつからメッセージが来たとか、そういう情報はない。
けれど逆に、どこにもニュースが載っていないからこそ、ゾクゾクするリアルな怖さがあった。
またバイブが鳴る。
あ……しまった! 僕は焦った。ついトシカズの様子から目を離してしまった。
アイは変なメッセージが届いてからすぐに、おかしな事を言い始めたんだ! トシカズは?
――――――
(トシカズ)『あれ……何ともないみたい。何も起こらない』
(一夜) 『え……平気なのか? おいおい、アイは何だったんだよ! あいつ無事なのか?』
(マリア) 『良かった! トシカズ、落ち着いてね! アイの家には私から電話を入れて見るから』
(トシカズ)『うん……怖がることなかった。びっくりし過ぎだよね。はは』
――――――
そう言って、トシカズはスタンプを送ってきた。文字じゃないそれを送るぐらい余裕が出てきたのだろうと、僕はホッとした。
けれどそのスタンプを見た時、僕は一瞬で無表情になった。
猫娘だった。ゾンビ風の青白い顔をして、猫耳のある娘のスタンプ。
そのイラストは吹き出し付きで、そこに台詞が書いてあった。
『ぞんびーにゃ! 私かまってちゃんなの。返事して欲しいにゃ!』
僕はぎょっとした。背筋に電気が走って、体中に鳥肌が立った。
おかしい! 何かが間違ってると、体が反応している!!
考えろ、タイチ! おかしいのはどこなんだ?
心の中の冷静な僕が笑いかける。解るだろう? お前は頭がいい。だから答えに気づいているはずさ。
ヒントは『イチヤ』だ。
そうだ! 違和感の正体はそれだった。イチヤのだ。イチヤのお気に入りのスタンプなんだ!
だからおかしいと気づいた。
ゾンビ猫娘のスタンプを、トシカズが使うわけがないじゃないか!
見た目は違っても、アイのドクロのスタンプに感じたものと同じ恐怖の既視感《デジャヴ》。
その瞬間に悟った。
やばいって!
罠だ! それが罠なんだ!!!
僕は気づいた。そして他のやつは、たぶん気づいていない!! マリアさえも、分かってないに違いない。
危ない! 返事をしちゃ駄目だ!!
僕は慌てて警告の一文を打とうと、メッセージの入力枠をタップした。カーソルが点滅し、指が動くのを待っている。
けれど、そこから指先を動かせなかった。
「駄目なんだ……」
僕はもう二度と、こいつらを信じないし、助けないって決めたんだ。
かたくなに、何言っているんだと思うかもしれない。
でも、そうじゃなければ、ここに閉じこもってる意味なんて無いし、連絡を許してしまったら、黙ってここまで見ていた僕が、惨めじゃないか!
でも……いま警告をしないと……。
もう少しだけ時間があったら、僕の指先は動いていたかもしれない。その迷いは一分もなかったと思う。けれどそれが友人の――イチヤの命取りになってしまった。
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