東京剣士
[篠田やそ](1/10)
それは、ある夜更けの事だった。
いつもの様に二人で思い出話に華を咲かせ、布団に入って居たところ、玄関の戸を叩く音が聞こえた。
出て行くと、遠慮がちな声もする。
「ごめんください」
祈さんに目で合図をして、俺は戸を開けた。
「夜分遅くに申し訳ない。少し、話があっての」
そこに居たのは、老人とまではいかないものの、白髪の目立ち始めた男が立って居た。
取り敢えず家にあげた。
男は出された茶を一口飲むと、ふーっと息を吐き、祈さんを見た。
頭から足までじろっと見ると、小さく頷いた。
「あの、お話って?」
堪らず祈さんが口を開いた。
「あ、これはこれは申し訳ない。少し考え事をしてしまいました。
……奥方、でよろしいのかな?」
奥方といわれ、祈さんの顔は、庭に咲く雪椿の様に真っ赤に染まった。
「おっほほ、これはこれは初々しい」
男は微笑みまた茶をすすると、にっこり笑って頭を下げた。
「今宵は、大変不躾なお願いに参りました」
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