HOPE ・ADDRESS
[運命の出逢い](1/1)

「左遷・・・ってええ!?」
 いつものように出勤すると、私、池谷理恵(いけやりえ)は総監室に呼び出され、唐突に総監に言われた。
ソウカン「そうだ。理由は言うまでもないだろう。」
ワタシ「この間の事件の一件ですか?お言葉ですがあれは私に非は・・・。」
 私、警視庁の捜査一課の刑事なんです。先日、逃走した容疑者を追いかけてたら(別にカーチェイスとかじゃなくて、お互いに走って追いかけてただけ)、一緒に追っていた別の刑事がすれ違いざまにおばあさんとぶつかって大怪我させてしまって・・・。
 その時私が介抱して、おばあさんはなんとか無事だったんだけど・・・。
ソウカン「あのとき君が被害者を放っておいて、追跡を続けていれば、容疑者確保ができたかもしれんと言うのに。これでも君に非はないと?」
ワタシ「そんな!一応こちらの過失で怪我させてしまったのですから介抱するのは当然でしょ!第一!今は私の身の振りよりも、逃走中の容疑者の追跡の方が」
ソウカン「ごちゃごちゃうるさいんだよく君は!」
 突然机を叩いて立ち上がった。
ソウカン「我々の仕事は犯人の逮捕!それ以外は気にかけることはない!そうだろ!」
ワタシ「ですが!こちらのせいで怪我人が出たんですよ」
ソウカン「それだよそれ!」
 興奮してる真っ赤な顔で、こっちに指を指してきた。
ソウカン「どうして取材に来た記者にその事を言ったんだ!しかも入院した被害者に詫びの品まで持っていったそうじゃないか!どれもこれも!全部犯人のせいにしてしまえば良かったものを!」
ワタシ「何を言うんですか!事実をないがしろにする何て警察として1番やってはいけない事でしょ!」
 たまらず私も反論する。きっと目の前の男同様真っ赤な顔をしてただろう。
ソウカン「はあ!?何をそんなに偉そうに!戦力外の女のくせに」
 バンッ!
 両手の平で机を叩いた。
ワタシ「女・・・だから・・・?」
 バキイッ!
 男の左頬を思い切り殴り付けた。
 『女だから』『女のくせに』の類。私が1番許せない台詞だ。そして男の胸ぐらをつかむと、
ワタシ「そういうあんたみたいなやつがいるから警察はダメだとか言うやつが大勢出るんだよ!女のくせに?私と違って現場に出ないでここで書類にハンコ押して、後は水のかわいい女の子とイチャイチャしてるだけのハゲジジイにそんな生意気言う資格あんの!ええ!」
「ちょっと!何やってるんですか池谷刑事!」
「 落ち着いて!落ち着いて!ね!」
 廊下から騒ぎを聞き付けた他の職員が私を引き剥がした。解放された総監は少しむせた後、
ソウカン「はあ・・・。はあ・・・。君!上官を殴るとは何事だ!飛ばす先は千葉か神奈川にしてやろうかと思っていたがもう許さん!四国のど田舎にでも飛ばしてやるから覚悟しろ!」
ワタシ「ええいいわよ!四国でも北陸でも飛ばしなさいよ!こんなバカな組織、それが決まる前にこっちから辞めてやる!」
 これが私の警察を辞めた理由。
 就職の時、食いっぱぐれることなくていいじゃないかと言ったお父さん。なんかごめん。
 4月15日午前9時。運命の出逢いまで残り、132時間。

「で、うちで働きたいと。」
ワタシ「はい!ぜひ!」
 私は大田区にある『三輪(みわ)探偵事務所』に面接に来ていた。ここを再就職先に選んだのは、前の仕事のノウハウをいかせると思ったのと・・・家から近いから。
 家に近いというのをふせて経緯と就職志望の理由を言うと、事務所の所長、三輪雅文(まさふみ)が続ける。
マサフミ「と言っても・・・だいたいの仕事は俺1人でどうにかなっちまうし・・・。忙しい時は学生のバイト雇うだけだしなあ。」
ワタシ「元警察と学生一緒にしないでください!私がいれば大抵の事件、快刀乱麻で」
マサフミ「事件つっても、うちは浮気調査や見合い相手の事前調査ぐらいなもんだぞ?そんなマンガみたいなこと・・・。」
 応接用の机の隅から灰皿を取り、煙草に火をつけてやる気なさそうに言う。この男、経費削減のためにどうしても私を正社員で雇いたくないらしい。
 もちろん私だってこんなところで引き下がる訳にはいかない。自分のアピールポイントを色々考える。
ワタシ「ああ。それなら私がいれば・・・。私がいれば・・・。」
 男女のドロドロした関係なら、警察でも少しはかかわることもあったが、浮気だのなんだのを本格的に調べた事はない。尾行できますなど、んなもん俺でもできると一蹴されそうだ。そして出した答えは、
ワタシ「・・・尾行のターゲットがホテルとか入っても、それと無関係のカップルのふりして入って盗聴とかできる・・・。とか・・・。」
マサフミ「お前、意地でもうちに入りたいって顔してんな。」
ワタシ「だって!アラサーの女ですよ!ハローワーク行っても仕事なんか見つからないですよ!」
マサフミ「だから何!?こっちだって金に余裕があるわけじゃないんだよ!悪いけど他当たってくれない!?」
 これは・・・ 正攻法では勝てない。汚いと思いながらも使うことにした。女の武器を。
ワタシ「・・・ひっく。・・・ひっく。」
マサフミ「え?いや泣かれても無理なもんは」
ワタシ「私、女手ひとつで育ててくれたお母さんに恩返ししたくて・・・ひっく。少しでもいい仕事に就こうと上京したのに・・・。えぐっ。これじゃ恩返しどころか、病気の治療費も・・・治療費も・・・。あああーん!うわあああーん!」
マサフミ「わ、わわ分かった!分かったから!雇う!雇うから泣くなって!」
 大慌てで事務用のデスクから契約書を取り出し、自分の名前と印鑑を記すと、私にその紙を渡した。私もその紙に名前を書き、印鑑を押す。
 あーこれで泣き止んでくれるとでも言いたげな顔で、ソファにもたれ掛かった。それを見て私は、
ワタシ「・・・それじゃ、今日からよろしくお願いしまーす!」
マサフミ「あ!てめえ嘘泣きしやがったな!」
ワタシ「へっへっへー。もう私はこの事務所の正社員だもんねー!」
 アニメでよくある嘘泣きで落とす作戦が、ここまでうまくいくとは・・・。
 ちなみに私の両親は2人とも愛知県で仲良く暮らしている。年金と野菜の無人販売所の儲けで暮らす、筋金入りのドラゴンズファンだ。
ワタシ「じゃ、早速何の事件捜査するか決めますか。」
 そう言って、部屋の隅に積まれた新聞をめくり出した。
マサフミ「は?事件?んなもん一般人が解決したって、1円にもなんねえだろ」
ワタシ「情報に懸賞金のかかってるやつをやるんです。今なら・・・あ!あった!」
 私は3日前の新聞の1面をマサフミに見せた。
マサフミ「黒服の5人組?まさかそのテロ事件を解決しようと?」
ワタシ「違います!その隣のこっち!」
 確かに黒い服を着た5人の男女が起こしているとされるテロ事件の数々は、ここ最近のニュースを完全にジャックしている。だが私の狙いはこれではない(懸賞金かかってないんだもん)。
 黒服の5人組の事件の記事の隣の記事を指差した。
ーーカメラマン・劇団員連続殺人事件新たな被害者ーー
 少し前なら新聞の題の横にでかでかと書かれるような事件である。
ワタシ「警察は、この事件の解決に強く貢献した人に、百万円の賞金を出してるんですよ。」
マサフミ「だったら何だよ。解決できる算段があんのかよ・・・。」
 煙草をくわえてめんどくさそうに言う。勝機がなければこんなこと言うわけない。
ワタシ「私、元刑事ですよ。」
マサフミ「だーかーら?」
ワタシ「この事件、私も少しだけ関わったたんです。警察しか知らない事も色々知ってますよ。それを使えば・・・。」
 ここまで言って、マサフミもようやく私の計画が分かったようだ。
マサフミ「まさか、それをいかせば、簡単に真相にたどり着けると?」
ワタシ「そう!分かってくれましたか!」
 右手の人差し指を立てて、誇らしげに言ってやる。
 4月18日午前10時。運命の出逢いまで残り、79時間。

 翌日。私は日比谷公園に来ていた。土曜日ということもあり、子連れやカップルがちらほら。
ーーーマサフミ「殺された人間は全員AV 産業の人間だあ?」
ワタシ「そう!被害者への同情を集めるために、メディアはカメラマンとか劇団員とか言ってるけどね。ついでに言うと、AV がらみの人以外も、最近変死体で見つかっている。しかも全員、アダルトビデオのDVDを持っていた。」
マサフミ「ようはその辺で聞き込みしていけば、何か情報がつかめると。」
ワタシ「ええ。明日にでもその辺りと現場周辺を当たって見ますね。」ーーー
 で、4日前の事件現場近くのこの公園に来たという訳。この前にもいくつかのAV メーカーに当たったのだが、ことごとく情報なし。イチャつくカップルに内心嫉妬しながら聞き込みをしていくが、
ワタシ「あーダメだ。手掛かりゼロ。警察じゃないってだけでここまで信用されないとは・・・。」
 実際に聞き込みを始めると、探偵であってただの一般人というだけで話を断る人が多いこと多いこと。
 ふとスマホの画面をつけて時間を確認すると、
ワタシ「げ。お昼過ぎてる。」
 この辺で打ち切ってファミレスでも行こうかと思った時だった。
「お。あれかー。お前がこの前ブログに載せてたハンバーガー屋。」
「ええ。デザートバーガーってのが、意外性があるし、おいしかったわ。」
 見知らぬカップルの会話が耳に入った。声のする方を目をやる。白いキッチンカーの前に、これまた白いテーブルが5つ。確認できただけで4人の店員が、緑色のエプロンを着て接客をしていた。
 空腹に勝てなかったのか。私の足は自然とそこへと向かっていた。
 緑色の小さな立て看板には、本日の日替わりデザートバーガーと銘打ったハンバーガーの写真と、店名の『バーガーショップ・フェアリーベンチ』の文字。
「いらっしゃいませー。」
 店員の1人に声をかけられた。眼鏡をかけた黒髪の優しそうな女性だった。
ワタシ「あ、注文の方は・・・。」
ジョセイ「でしたら、あちらのレジの方へ。」
 そう言われ、車の前まで誘導された。
「いらっしゃいませ。ご注文の方どうなされますか。」
 次はレジ係の男性店員が接客に当たるようだ。少し目付きが悪いかなぐらいの印象の、どこにでもいそうな人だった。
 その後、注文をして、先に代金を支払う。よくあるファーストフード店の客の回しかただ。ひととおりの確認事項が終わると、男は後ろを向いて、
ダンセイ「ランチのB1つここで!ドリンクはアイスティーな!」
「OKユーヤっち!5分位待たせるって言っといて!」
 奥から女性の声がした。あとこの会話で、私の目の前の人がユーヤという名前だと分かった。
ユーヤ「申し訳ございません。ご注文にの用意に5分ほどかかりますが、よろしかったでしょうか?」
ワタシ「ええ。大丈夫ですよ。」
ユーヤ「では、出来上がり次第お持ちしますので、こちらの番号でお待ちください。」
 本当にマクドナルドと全く同じ対応だ。渡された3番の札を持って、空いていた席に座った。
 4人の店員は、空いたテーブルからトレイを下げ、客の出す追加注文を受けていた。
ワタシ「すいませーん。ちょっといいですかー。」
「あ、はい。ただいま。」
 近くにいた店員を呼んだ。もちろん、事件の聞き込みのためである。
「追加注文でございますか?」
 やって来た男性店員がハキハキと尋ねる。優しそうな雰囲気の、いかにも女性受けしそうなタイプの人だ。
ワタシ「私、こういう者なんですけど・・・。」
 昨日のうちに刷っておいた名刺を見せる。
ダンセイ「た、探偵!?」
 驚いた様子で声をあげた。まさかここまで驚かれるとは・・・。今ので周りの客が全員こっちを向いた。
「どうしたの?ケーゴ。」
「探偵がなんだって?」
 更に店員が2人やって来た。他の人とは一回り小さい、黒髪の少年と金髪の少女だ。どう見ても中学生にしか見えない。
ケーゴ「この人探偵だって。で、何か。」
 ケーゴと呼ばれた男性が2人に説明し、こちらに向き直る。

ワタシ「最近起きた、カメラマンや劇団員を狙った連続殺人事件についてなんですけど・・・。」
ケーゴ「ええ。大丈夫ですよ。」
 ケーゴは快く引き受けてくれた。この男、顔の通り人がいい。
ワタシ「じゃあまず、このお店は毎日ここで営業なさっているんですか?」
ケーゴ「基本的には。たまに公園の管理人の許可がおりなくて別の場所でやったりもしますが。」
ワタシ「4日前の9時ごろにもこの近くで起きてますが、その時は。」
ケーゴ「その時は私達全員、それぞれの自宅にいたんで特には・・・。」
 あごに手を当てて言った。ここもハズレだったようだ。
ユーヤ「3番でお待ちのお客さまー!」
ワタシ「はーい!あ、ご協力ありがとうございました。」
 ケーゴに礼を言って手をあげた。
 4月19日午後12時。運命の出逢いまで残り、33時間。

ワタシ「ただいまー・・・。」
 日が暮れ出した頃、私は事務所に帰って来た。
マサフミ「おう。結果はどうだ。」
 テレビを観ながら愛想なく言ってくる。
ワタシ「全然。ビデオのメーカーに聞いても覚えがないって。」
マサフミ「ん。」
ワタシ「ん?」
 デスクの上を指差したのでそっちを見る。DVDのケースが山積みになっていた。
ワタシ「これって・・・。げっ!」
 どれもこれも男性の欲求をそそるようなタイトルとパッケージのアダルトビデオばかり。
ワタシ「何をこんなにいかがわしい物ばっか」
マサフミ「お前が今日行ってきたメーカーの、ここ最近の新作。」
ワタシ「あ!何だ協力してくれるんだ!」
 昨日はつきはなしたくせに意外な気遣いだ。にしても、
ワタシ「やたらと買いすぎじゃあ・・・。」
マサフミ「被害者がどのビデオ持ってたか言ってくんねえからな。」
ワタシ「はいはい、悪うございました。」
 ぐちを適当に受け流し、パッケージを1つ1つ確認していく。被害者がどの作品を持っていたかは、刑事だった時に確認済みなのだ。
 そして仕分けた10作品のパッケージをじっと見る。33にもなって、まさか男の人に見られながらHなビデオを眺める事になろうとは・・・。そして、
マサフミ「ん?何か分かったか?」
ワタシ「作品のジャンル・・・て言うのかな?そういうのはバラバラだけど・・・。」
マサフミ「当たり前だろ。若いのが良いってのも、ババアが良いってのもいるからな。」
ワタシ「とにかく、そういうのには共通点はないけど、同じ女優さんが出てくるのよ。ええっと・・・。」
マサフミ「どうした?その女優の名前教えろよ。」
ワタシ「下は平仮名でれいかなんだけど、名字の漢字が難しいのよ。古いに月に・・・桃に・・・沢尻エリカの沢。」
 そう言うとマサフミも首をかしげた。
 だがとにかく事件の真相に大きく近づいた。しばらくはこのなんとかれいかについて調べていくことになりそう。
 4月19日午後6時。運命の出逢いまで残り、27時間。

 翌日。日がすっかり落ちたにもかかわらず、ネオンが明るく照らす夜の渋谷。
 私はここのレンタルビデオ店に来ていた。
「いらっしゃいませ。」
 そこまででかくない店なので、入るなりレジの女店員にあいさつされる。私はそこへと真っ直ぐ向かい、
ワタシ・ユーヤ「すいません。ちょっといいですか。」
ー!ー
 どこかで聞いた声とハモった。
 ユーヤだ。栗色のセミロングの髪の女性と一緒だった。彼女だろうか。
ユーヤ「あ、昨日の。」
ワタシ「あ、どうも。」
 両者、とりあえず会釈しておく。
ジョセイ「え?もしかしてユーヤっちのお知り合い?」
 女性が聞いてくる。
 この言い回し・・・。あ!あの時キッチンカーの奥にいた人と同じ人だ。
テンイン「あの・・・。」
 ああ。あやうく忘れるところだった。少し慌ててかばんから名刺を取り出そうとすると、
ユーヤ「俺たち、こういう者です。」
 ユーヤが先に名刺を出した。
ーー鷲見(わしみ)探偵事務所東京支部所員赤霧裕也(あかぎりゆうや)ーー
ー!ー
 なんと彼も探偵だった。支部とか書いてあるから相当でかい事務所の人間だ。
テンイン「あの・・・私に何か」
ユーヤ「あなたですよね。胡桃沢(くるみざわ)れいかさん。」
 名前を言われ、女性の顔がひきつった。
ユーヤ「本名は鈴木麗佳(すずきれいか)。遊ぶ金欲しさにAV 産業に飛び込んだ。しかし、当初聞かされていた内容と全く違う作品に多数出演させられ・・・」
 カウンターから身を乗り出して、レーカに顔をよせると、
ユーヤ「作品製作に関わった男優やカメラマン、その作品をここでレンタルした人間を手にかけた。違いますか?」
 私が昨日今日で調べた情報で打ち出した推理と、全く同じだった。それを口にするユーヤの顔は自信に満ちていた。そして、
レーカ「・・・だったらどうするの。」
ユーヤ「俺たちは警察じゃないから、無理矢理あんたをしょっぴくことはできない。ただ、あんたには自首して、少しでも罰を軽くしてほしい。それだけさ。」
レーカ「・・・嫌だと言ったらどうするの。」
ユーヤ「その時は、この情報を警察に伝えるだけさ。さすがに犯罪者を野放しにはできないから」
 ガタッ!
 突然レーカが裏口に走って向かった。
ジョセイ「わわっ!どうするの、ユーヤっち!?」
ユーヤ「プランBでいく!他の奴らに連絡しろ!」
 そう言ってカウンターを飛び越える。私もその後に続いて。
 レーカはドアノブを回し、路地裏に出ようとした。が、そこには他のユーヤの仲間が3人待っていた。ケーゴと黒髪の少年に眼鏡の女性。この3人も探偵だったのだ。
レーカ「うっ!」
 ドアを開けたまま、前後を塞がれて立ち尽くしている。そして後ろからユーヤが言う。
ユーヤ「これ以上逃げても何にもならない。だからおとなしく自首しないか。」
 ドラマで刑事が使うような乱暴な吐き捨てるような言い方ではなく、相手をさとすような優しい言い方だった。
 ここまで追い込まれればさすがに諦めるだろう。私はそう思った。そして、
レーカ「・・・私は悪くない。・・・悪いのは私を辱しめて食い物にした連中よ。」
 ここにきてまだ反論し始めた。次は眼鏡の女性が。
「あなたの気持ちは痛いほど分かる。だけどそれが人を殺していいなんて事には」
レーカ「うるさい!私の復讐はまだ始まったばかりなのよ!それをこんなに早く邪魔されてたまるもんですか!」
 そう言い放つと、制服のエプロンの胸ポケットに手を突っ込んだ。
 あんな小さな所にナイフはしこめないはず。でも危険な事をするのは目に見えている。
ワタシ「やめなさい!」
 前にいた栗色の髪の女性を押し退け、後ろからレーカを羽交い締めにした。
 普通こうなれば他の5人は加勢してくれるはずだろう。だが、
ユーヤ「おい何してんだ!危ねえぞ!」
 ユーヤは私をレーカから引き剥がそうとしたのだ。
ワタシ「何言ってんの!何してくるか分からないんだからこうするしかないじゃない!」
 私としては正論を言ってやったつもりだ。だがユーヤは、
ユーヤ「何してくるか分かってるから離れろつってんだ!」
ー?ー
 一瞬こいつが何を言っているのか分からなかった。
 ふとレーカの手元に目がいった。手には黒いクレジットカードを持っていた。
 何だ。窮鼠猫を噛むの精神で抵抗しようとしてただけなのか。やっと理解して拘束を解こうとした。その時だった。
レーカ「エンチャント!デストロイ・ナンバー1905!血みどろのブラッディサンデー!」
 確かにそう叫んだはずだった。
 4月20日午後8時50分。運命の出逢いまで残り、15分。

 もうどのくらいこのビルの影でじっとしているだろうか。今信じられない光景が目の前で起こっている。
 あの後私はユーヤに担がれ、レンタルビデオ店のあったビルと、その隣のビルの間の路地裏に連れてかれた。
 ここでじっとしてろと言うなりあいつは表通りに飛び出していった。
 気になって路地から顔を出して様子を見てみた。そして見てしまったのだ。
 シュルルルルルル。シャアアアアア!
 蛇の下半身をした女の怪物が暴れまわっている。両手には中国映画に出て来そうな三日月型の剣を2本持っている。
 その周りでは、血まみれの人々が逃げ惑う人々に、奇声を上げながら殴る蹴るなどして襲いかかっている。
 これだけでも充分あり得ない状況だが、もっと不思議な事が同時に起こっていた。
 シャアアア!ギッ!シャアアアアア!
 蛇の怪物と戦う5人の人影がいた。彼らは武器はバラバラだが、皆一様に白いテンガロンハットを被り、黒いスーツを身にまとっていた。
 連日新聞を賑わせているテロリスト集団、黒服の5人組だ。いや、この場合は、人々を襲う怪物を倒そうとしているのだからテロリストではないか・・・。
 シャアアアアア!ブウウウウン!
 怪物がメリケンサックの人に剣を降り下ろす。
 バキャアアアン!
 するとその人は突然消えてしまった。剣はアスファルトに深々と切れ目を入れる。
 しゅん!ダッ!
 そして今度はその人が剣の峰の上に表れ、怪物の顔面めがけて跳んでいく。
 バキイッ!シャアアアアアアアア!
 殴られた怪物は、その顔を道路に叩きつけられた。
 シュルルルルル。シャアア!ドンッ!
 次に怪物は、目の前にあった車に頭突きをし、殴ってきた黒服めがけて飛ばした。
 ザッ。
 その間に、拳銃を持った一回り背の低い黒服が入ってくる。そして2丁の拳銃を車に向け、
 ドドウンッ!バキャン!
 発砲した。すると車は勢いよく押し返され、怪物の腹に命中した。
 すごい・・・。何だかよく分からない魔法のような事が現実に起こっている・・・。
 興奮した。胸の高鳴りが収まらなかった。このままずっと見ていたい。そう思ったその時、
 ブンッ!ガンッ!
ワタシ「キャッ!」
 突然後ろから何か硬い物で殴られた。
 アアー・・・。アアアー・・・。
 振り返ると、例の血まみれの人間がいた。瞳孔はかっと開き、生きているとは到底思えない、ゾンビと呼ぶのが適切なような気のする人だった。
 アアー!
 手に持った金属バットを降り下ろそうとする。殴られた後頭部をかばいながらなんとか避けた。
 アアアー!
 だが大通りに出た所でもう3人のゾンビに囲まれた。
 ダメだ殺される!もう助からない!
 そう思って目をつぶった。そして、
 ズバンッ!ザシュ!ドス!
 目の前のゾンビ達が突然斬りつけられた。
 目の前に現れたのは、日本刀を持った黒服の人物。
「立てるか?けがしてるみてえだけど。」
 男性の声だった。
 私は1度は立とうとしたが、頭のけがが想像以上に痛む。その場に崩れてしまった。
「・・・じゃあ少しだけ待ってろ。」
 そう言って彼は大通りの怪物に向かって駆け出した。
 彼の向かう先にもう1人黒服の人がいた。漫画のような巨大なハンマーを持った人が立っていた。
 シャアアアアア!
 そこに怪物が2本の剣を降り下ろす。
 バキンッ!ボキンッ!
 2本とも、刃の真ん中から音を立てて折れてしまった。
 よく見ると怪物の足下に槍を持った人がいる。その先から伸びた氷の柱が剣を折ったのだ。
 その間に刀の彼は、仲間のハンマーに足を合わせていた。
 ブウウウウン!
 ハンマーが野球のバットのように振られると同時に彼が飛ぶ。その先には怪物の首。
 ズバンッ!
 頭と胴が斬り離された。


 ボオオオオオオオ!
 頭と胴は何故か切り口から発火した炎に包まれていた。それと同時に、ゾンビ達が力なく倒れていく。何だか呪いから開放されたような感じだった。
 パアアアア!
 炎の中から不自然に白い光が溢れ、夜の空に上っていく。
 黒服の5人組は、それをただただ眺めるだけだった。
 ウウー!ウウー!ピーポーピーポー!
 突然複数のパトカーと救急車がやって来た。これほどの騒ぎがあったのだから当然か。
ー!ー
 黒服の5人組はその場から走って逃げようとしている!こっちは言いたい事があるのに!
ワタシ「ま、待って!」
 痛む頭を押さえながら立ち上がり、声をかける。刀の彼が振り返ってくれた。
ワタシ「その・・・助けてくれて・・・ありがと。」
 何故だろう。言い方が自然とぶっきらぼうになる。しかし彼は目元を帽子で隠し、笑っている口元を見せてくれた。
 これがもう一歩踏み出す勇気をくれた。
ワタシ「その・・・あなたの・・・名前は?」
 やはりそっけない言い方だ。
 それに彼は答えてくれた。
「・・・ミスト。ミスト=カーマイン。」
 それだけ言い終わると、先に行った仲間の後を追ってどこかに行ってしまった。
「そこのあなた!大丈夫ですか!」
「こっち来て!けがの治療しますから!」
 やって来た救急隊に私は連れられ、病院へ行った。
 仲間と共に謎の怪物と戦い、見ず知らずの私を助け、顔も見せずに名前だけ教えてくれた彼。
ーーー「立てるか。けがしてるみてえだけど。」ーーー
 この台詞を思い出すだけで胸の高鳴りが止まらない。
 4月20日午後9時5分。これが私の運命の出逢い。
 

 
 

 
 
 
 
 

 

 

 
 



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