rain
[第四章](1/18)


ーーー時は少し遡り。

ウィンディの左腕が引き千切られ、クロウはけたたましい音と共に窓に打ち付けられ、割れた窓硝子と中庭へ転落するという、絶体絶命のあの瞬間。

巨体な少年はニンマリと笑いながら、次はウィンディの頭をもぎ取ろうと手を伸ばす。

(あぁ、俺ここで死ぬんだーーー)

まだ子供ながらにそれを悟ってしまった彼にはもう、絶望感しかなかった。

こんな高い所から落ちて、アイツ大丈夫かなーーーとぼんやり考えながら、ブヨブヨな手が迫るのを見つめた。

押し潰されそうな圧力が頭にのしかかる。グッと手に力が入りーーー。

首がもがれる寸前。パッと、ブヨブヨな手が開いた。圧迫されて呼吸が出来なかったウィンディはゲホゲホと咳き込む。千切れた腕の激痛で、意識が朦朧(もうろう)としている最中。

巨体な少年の動きが止まる。顔面に何か、斧の様な物がめり込んでいる。

「・・・?」

ぼうっとしながら、ウィンディが見上げる。斧が少年の顔から引き抜かれ、今度はウィンディを掴む大きな手首へと振り下ろされた。

生温い液体がウィンディの顔に降りかかる。

少年の手が完全に開き、ウィンディの身体は床に落下する。が、彼は起き上がる気力もない。そんなウィンディを、誰かが無理矢理担ぎ上げる。

「ねぇ、アンタ生きてんの?」

目深に被ったキャップの下、グレージュの切りっぱなしにした真っ直ぐな髪が、肩でくるりとカールしてウィンディの顔にかかった。毛先は派手なピンクで染め上げられている。

「・・・たす、け・・・」

ほとんど口も動かさず、掠れる息と共に言葉を吐き出すのがやっとだった。

ちっ、と彼を担いだ人物は舌打ちをする。唇にはピアスが付いている。

「死ぬんじゃねーよ?助けてやっから、ちょっとだけ耐えといて」

左肩には息も絶え絶えのウィンディを、右肩には少年への反撃に使った斧を担ぎ、その人は踵を返して廊下を走り出す。

ーーー身長はそこそこ高いが線の細い、若い女の子だった。

ダボっとしたパーカーにデニムのショートパンツ。スニーカーの紐はリボン結びではなく、絶対に途中で解けないようきつく玉結びが何重にもされてある。

ブルーの大きな瞳は真っ直ぐに前を見据えていた。

グァァ、と背後で怒り狂った少年の咆哮が聞こえたが、彼女は振り返ることなく一階に駆け下りる。

担いでいる分いつもより遅くなる足を急いで動かし、一階右横の廊下へと向かう。妻の部屋や暖炉のある客間を突っ切り、その奥の突き当たりを左に曲がる。

手前から二つ目の扉を蹴破るように開けて中に入る。扉の内側には、何やら真新しい御札が貼られている。

ドスドスと荒い音を立てながら近付いてくる少年だが、その部屋に入ってくる気配はない。

過ぎて行く足音を聞き流し、彼女は部屋に乱雑に置かれた自分のリュックから何やら液体を取り出して、躊躇なくウィンディの千切れた左腕にそれをかけた。

「ーーーっ!!!?」

よほど激痛だったのだろう、声にならない様子でのたうち回るウィンディを押さえ付けて、彼女はタオルで傷口を縛る。

力任せに縛り付けられて、さらに激痛が襲う。言葉も出ないまま、痛みのあまり失神したウィンディに、彼女は淡々と言う。

「今のは止血剤。即効性があるから、血はすぐ止まると思うけどーーーって、あ?」

既にぐったりとしたウィンディに気付き、彼女は「あらら」と呟く。

他の部屋でかき集めてきた衣類を布団代わりにして、ウィンディを寝かす。

周囲の天井に届きそうなほど高い棚には非常食や水が沢山置かれていた。ここは、元々倉庫か何かだったようだ。友人達と屋敷に訪れた彼女は、かれこれ一週間はここでやり過ごしていた。

他の友人達は既に死亡している。扉に貼った御札は、つい二日前まで一緒に行動していた友人が身に付けていた物である。

化け物とはいえ幽霊と本質は変わらないのか、札を貼った時だけは多少の効力があるようで、隠れた所が見つからないらしい。

いつまで効力があるのかは不明だが、この札と、ここへ訪れた別の若者が持ち込んだ食料のおかげで、彼女は誰よりも長く生き延びていたのだ。

斧は、中庭で最初に見つけてからずっと所持している。武器でもなければ、流石の彼女でも生きてはいられなかっただろう。それに彼を助けることもできなかったと思う。

「・・・死んでねーよな?大丈夫かな」

と彼女はウィンディの息を再度確かめる。一応、微かに胸は上下しているようだ。

はぁー、と長く息を吐く。

一人ぼっちになってから、約二日目。この子も探検でもしに訪れたのかなと彼女は思う。何にせよ、生きている人間を新たに見つけたのは彼女にとっては大きな発見だった。

やや暫くして、遠くからドスンドスンというあの足音と共に、誰かが足早にこちらへ走って来るのに気付き、彼女は立ち上がる。

ガチャッと扉が乱暴に開かれた時、彼女はしまった、と顔を顰(しか)めた。内鍵を掛け忘れたのだ。

彼女は傍に立て掛けてあった斧に手を伸ばす。ガサゴソと音が立ってしまった。

入ってきた人物が息を呑んだのがわかる。

(生存者かーーー?)

恐る恐る、彼女は棚の陰から半分だけ顔を出したのだった。




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