CLASH 〜悪と闇〜
[ゴースト](1/5)
とある研究室。
ガァー…
『やぁ。』
『ボス…お待ちしてました。』
部屋には数人の白衣を着た男たち。
数十ものモニターが並んでおり、その薄明かりとデスクの蛍光灯だけがその部屋を照らしていた。
『監視カメラの映像を見る限り、奴はまだ自分のことを吉田高進に明かしてはいないようですね。それが現在スムーズな理由であるかと。』
『あぁ。』
ボスは手元の資料を眺めた。
『…彼らの状態は?』
『今のところは問題無さそうですが……時間的にもそろそろでしょう。早めに捕らえておいた方が良いのでは?』
『少し前に部隊を送ったところだったが… どうやら返り討ちにされたみたいだよ。』
資料の次のページをめくりながら残念そうな顔で答えた。
『そのようですね… 彼らはやはり今までのとは違う。中でもやはり“吉田高進”……彼にもここまでで僅かながら変化が見てとれる。これは貴重なデータが取れそうですよ。』
白衣の男は画面を見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。
『あ、でボス… ここへ来て頂いた理由なんですが……少し気になることがありまして。』
男はボスの持っていた資料を指差しながら続けた。
『戴いていた資料のこの部分……“吉田高進”初めての薬物投与、「20歳から現在まで」の経歴が書かれているんですが、それ以前、「出生から19歳まで」の経歴がまったく書かれていないんです。』
『そうだ。どれだけ調べさせても奴のこれ以前の経歴だけがまったく得られなかった。我々の立場上、可能な限りを尽くしたが踏み込むには限界があったのだ。やむなく断念した。まぁ、奴自身には状況を素早く理解してもらうために、すべてを知っている。ということにしてあるがな。』
カメラの映像では3人が加代子の格闘技の話で盛り上がっている。
『えぇ。耳には挟んでいたので何も出ないことは承知の上でしたが、興味本位で調べていたんです。そうしたら……』
ほんの数秒、その部屋にモニターに映った3人の声だけが響く時間が流れた。
『本当に……何も存在しなかったんです』
モニターに目を奪われていたボスはその言葉に勢いよく振り向いた。
『……どういうことだ。』
『吉田高進出生から20歳の誕生日前日までの経歴、所在地、家族構成から戸籍情報、あらゆる彼の生きた形跡すべてが何も無かったのです。驚きました。彼はまるでゴースト。生きた証のない幽霊のようだと。そりゃどれだけ探しても見つからないわけだ。』
『しかし、見つかっていないだけで必ずどこかにあるはず。現に奴は今も確かにここにいる。存在しないと断言するのはまだ早いだろう。』
白衣の男は残念そうな顔で首を振った。
『いえそれが……この見解に至ったのにはわけがあるのです。』
『なに?』
『その後さらに調べてみたところ、彼のその空白の時間は何者かによって意図的に作られたものであるということがわかりました。理由は定かではありませんがその何者かが彼の19年間をこの世から抹消し、存在さえしていなかったことにしてしまった…』
『………つまり奴は…』
『幽霊ですね。』
モニターの中で“吉田高進”と二人の男女は歩き始めた。
『ボス…これには何かあるんでしょうか。』
『…私にも分からん。だがその抹消された19年間の間に奴の人間性を作りだした手掛かりがある可能性は高い。消されたその真意は分からんが、こちらでももう一度奴の過去を洗い直すことにする。君たちも引き続き、奴の白紙になっている過去を探ってみてくれ。くれぐれも慎重にな。』
『分かりました。』
白衣の男はパソコンに向かい、ボスは資料を置いて出口へ向かって歩いていった。
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