短編集(風)

◇[聖女の懇願](1/20)

 人間の傲慢や驕り。時として、他者を飲み込む。

 相手が目上の地位に就いていても――それは、何ら意味はない。

 彼等は、突き進む。

 その結果――

 吐息が、白い。それは、真冬に等しい。今の季節は、初夏。それだというのに、気候が狂っている。

 それは、何故。

 吐息が白く変化したのは、3日前から。それ以前は、花々が咲き乱れていた。そう、季節は春。

 いや、それだけではない。その1週間前には、赤や黄色に染まった落ち葉が舞っていた。

 それは、僅か数週間の出来事。この土地は全ての四季を体験し、それは今もって続いていた。

 しかし人間は、この状況を打開する術を持っていない。

 故に修道院に隣接して建てられている礼拝堂に集まり、祈りを捧げる。その為、引っ切り無しに人々が出入りを繰り返していた。

 老若男女――統一感はない。だが、願いはひとつ。

 精霊よ、機嫌を御直し下さい。

 だが、それが聞き入れられることはない。

 それは、相手が人間という生き物であったからだ。無論、信者達はその意図を知っている。

 だが、祈らないわけにはいかない。このままでは、生き物という生き物が死に絶えてしまう。

 実際、精霊達はそのことを望んでいた。創造主の唯一の失敗作の人間が、死滅してくれるのだから。

 その後、他の動植物は救いの手を差し伸べればいい。全ては、人間だけがいらない。

(……御免なさい)

 10代後半の修道女が、心の中で信者達に詫びた。しかし、彼女が詫びる理由はない。

 本当に悪いのは、過去の者達。だが同じ聖職者同士、少女の心は痛む。それに、自身の無力を嘆く。

 修道女エリザは、遠巻きに信者達を見詰めていた。決して、彼等の前に姿を現すことはしない。

 他の修道士や修道女は、懸命に信者達に言葉を投げ掛けている。適切な言葉が見付からないのか、表情が切ない。

 それは、当たり前であった。聖職者の言葉には、強い力を有していないからだ。投げ掛けられた言葉は、言い訳に過ぎない。精霊は、人間達の心の支え。

 その精霊が牙を剥いた時点で、人間は生きている意味を見失う。その証拠に四季のバランスが崩れた瞬間、生活は一変した。


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