短編集(風)

◇[アルキア](1/6)
名雪様、リクエスト

 ――精霊は、どのような姿をしているのか。

 それは、些細な疑問であった。しかし、その答えを正しく答えられる者などいない。

 そう、本当の精霊を見たことがないからだ。文献に描かれている絵は、所詮それを描いた人間の想像。

 「これが正しい」という明確なモノは、このようには存在しなかった。

 だからこそ、人々は彼等を神秘的な存在として崇める。それにこの世界は、精霊の加護によって護られていた。

 それは、普通の人間ならいいだろう。問題は、その精霊達を描く絵師(アルキア)

 想像力を働かせたところで、全ては統一されたモノとなってしまう。聖職者はそれでいいというか、アルキアはそれを否定する。

 ――描くのなら本物を。

 しかし、それは儚い夢。見たことのない存在を描くなどというのは、不可能であるからだ。

「本当に、このようなお姿なのかな?」

 一枚の絵を見ながら、少年はポツリと呟いた。年齢は、10代後半だろうか。ボサボサの髪と絵の具によって汚れた服が印象的であり、何より神殿に不似合いな人物でもあった。

 その為周囲からは冷たい視線を向けられ、小声で会話を繰り返す。しかし、少年は気にする様子などない。

 飾られた絵に集中し、首を傾げるだけ。少年が見ている絵は、この世を生み出したと言われる創造主。それは純白の翼を持った、美しい白竜であった。

 これを描いたのは、最高の腕前を持つと謳われたアルキアの作品。その為、多くの者達がこの姿こそ創造主と思い崇めている。

 しかし少年は、何処か負に落ちない点があった。それは「実際に見たのか」ということである。

 だがこれだけは、人間ではどうしようもできない。創造主に会うなど、恐れ多いことだ。

 少年は、アルキアとして高いプライドを持っていた。「実際に見たことのないモノを描けるか」と我儘を言い、聖職者から頼まれている絵をなかなか仕上げようとはしないのだ。

 その為、毎日のように催促が来る。だが、少年は同じ言葉を繰り返す。描けないものは、描けないのだ。

「偽者は、描きたくはないんだ」

 フンっと鼻息を荒げると、再び絵に視線を移す。

 確かに、美しい絵であった。だが、其処には何かが欠けていた。それはアルキアの魂というべきものか、訴えかけてくる何かがこの絵に存在していない。

 それに創造主なら、神秘的であり神々しさを感じることができる。だが残念なことに、この絵からはそれらは伝わってこない。


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