短編集(風)

◇[赤の囁き](1/5)
由良様、リクエスト

 降り注ぐ陽光により、水面が輝く。キラキラと眩しいほどの光を放ち、幾重にも変化を見せる。

 澄んだ音をたて、水が流れていく。その水は透き通り、水の底を魚が泳ぐ姿が見てとれた。

 それは、魚だけではない。水辺の生き物達が、自由に伸び伸びと生活をしていた。

 誰にも阻害されることがなく、上手く共存共栄を果す。その為、汚れなき水を長い時間保つことができた。

 幅が狭い川。しかし、この土地で生きる者達にとってはこれは重要な川であった。

 生活に必要な飲料水となり、作物に潤いを与える水となる。また洗濯に用いられたりと、用途は様々。

 人々の命の源である川の中に、10代前半の少女が入っていく。手には大きな布を持ち、少し苦しそうであった。

 少女は川の真ん中まで行くと、大きく深呼吸。そして手に持っていた布を、水面に広げた。

 一瞬にして、水面が赤に染色された布に覆われる。そのことに驚いた魚達は一斉に少女の周辺から逃げ、草陰に隠れてしまう。

 しかし、少女は気にすることはなかった。然もいつものことと捉え、洗濯を開始した。

 布を揺らす度に赤い色彩が川に広がっていくが、すぐに水と溶け込み消えてしまった。

 それは川を汚してはいけないということで、特別な染料を用いていたからだ。これは少女が働いている染物工房が特別に作り出し、今では世界中に広がっている。

 その為、川が汚される被害が少なくなっていった。ふと洗いながらそのようなことを思い出し、少女は微笑を浮かべてしまう。

 ――世界は、精霊の力で成り立っている。

 この考えは、この地に活きている者なら誰もが知っていた。この水の流れも吹き抜ける風も、全て精霊の賜物。

 その為、それらのバランスを崩さないようにするのが人間の役目で、この染料もそのような考えから生まれた。

 賜物は、それだけではない。この照りつける太陽が嫌になる夏という季節も、精霊の力によるもの。

 暑い――それ以上に、この状況を表すのに相応しい言葉が見付からなかった。

 口を開けば出る「暑い」という単語。聞き飽きる言葉であったが、唸るような暑さには抵抗できない。

「……き、きつい」

 額に滲む汗を拭うと、周囲に視線を走らせた。すると視界がぼんやりと滲み、ゆらゆらと左右に揺れていた。

 暑さによって生み出された陽炎の所為だと気付くのには、それほど時間は掛からなかった。

 それにより、気温が高いことを知る。精霊が人間に試練を与えているとしか思えない暑さに、少女は洗濯の手を止めると染料によって汚れていない水と両手で掬う。


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