理科室の彼と、  

理科室の彼と、 (1/1)




キーンコーンカーンコーン、と、間延びしたチャイムが鳴った。


「さよならっ!」

その途端、ばっと鞄を掴んで、私は走り出す。


一階の端にある私の教室から、そこまでは、階段をのぼって、廊下を走って、曲がって、もう一つ階段を上がって、また走っていかなきゃいけない。


なんでこんなに遠くしたのよ!


やっとそこに着いた私は、はぁはぁと肩で息をしていた。


「先輩っ!遅れてすみませんっ!」



がらりと扉を開ける。

そこには、私の大好きな人が、不機嫌そうな顔して椅子に座っていた。


「遅い」

先輩は、理科室のビーカーを勝手に借りて、コーヒーを作っている。

汚い……と思うけど、もう何回も飲んでるし、先輩はきれい好きだから、特別な洗浄をしてるビーカーを使ってるから大丈夫。



「遅いって、これでも全力疾走…」

「30分には来いって言いましたよね?授業終わってから5分もあるのに、なんで40分になるんですか」


そんな。

先輩のくせに、敬語でそんな理不尽なことを言う先輩に、私は力が抜けてしまった。


「神無月先輩が早すぎるんですっ」

「へぇ」


ことりと、私の前にコーヒーを置いて、彼は無表情でそう言った。



出されたコーヒーを、私は無言で飲む。


私たちは二人だけの理科研究会という部活で、毎日こうやって第2理科室でコーヒーを飲んでいる。

理科同好会という部活もあって、そっちは大人気だから綺麗な第1理科室を使ってるんだ。


でも私は、2人だけのこの部活が大好き。


というか、このかっこいい神無月先輩が大好きなのだ。



「先輩、昨日すごいことがあったんですよ。中学時代の友達に彼氏が出来てて!」

「……」

「それで私、その彼氏を見たんですけど、それがなんと私の弟で」
「……」

「先輩?」


私は話すのをやめた。

いつもなら、私の話をちゃんと聞いてくれるはずの先輩が、何かをさらさらと手帳に書き込んでいる。

最近、先輩はこの手帳に一生懸命に何かを書いていることがすごく多い。


なのに、内容はどうしても見せてくれないから、私はものすごく気になっているのだ。


「どうしたんですか?」

「別に?」


そう言う先輩の顔は、なんだかものすごく無表情。

機嫌でも悪いのかな。

「私の話、つまらなかったですか?すみません……」

「……うん、そう、面倒くさかった」


先輩が溜め息をつく。

理不尽なことを言うけど、先輩は絶対に人のことを傷つけるようなことは言わないはずなのに。


機嫌が悪いうえに、本当に私がうざかった?


やだ、
嫌いにならないで。


「すみません……私、帰りますね」


私はそう言って、席を立つ。


理科室から出る時、一瞬振り返ってみると、先輩はまた何かを手帳に書き込んでいた。







*



「依ちゃ……私もうやだあ……」


翌日、自習になった数学の時間に、私は親友の依ちゃんに泣きついた。

わざわざ教室を移動して自習なんて、喜んでいいのかちょっと微妙。


「大丈夫だって。まだ嫌われたわけじゃないんだから」


「でも不機嫌だったし、面白くないって……」


ぐずぐずと言う私は、たぶんうざいんだろうと自分でも分かる。


でも、ちょっとしたことでも、私はものすごく気にしてしまうのだ。


「そんなに言うなら告白してみたらいいじゃん。当たってくだけろだよー」


依ちゃん、くだけちゃだめだよ。

まあ、くだける可能性大だけどね。


「だって私といる時も、今じゃなくてもいいのに手帳に何か書いてて……あれ、何が書いてあるのかなあ」

「さあ?あんたのどこが駄目とかじゃない?」

「えっ!?」


私が驚くと、依ちゃんはくすくすと笑う。

笑い事じゃないよ。



依ちゃんは笑いながら、私を元の席へと座らせた。


「ほら、今の時間にプリントやらないと、怒られるよ?」

「なにそれ。依ちゃんのまじめー」

「あたしはあんたのこと心配してんの。じゃあね」


そう言うと、依ちゃんはプリントに取りかかってしまう。




私は口を尖らせて、渋々プリントをやろうとした。


机の上にある教科書が邪魔で、机の中に押し込もうとする。


すると、中で何かがつっかえていて、ちゃんと入らなかった。

あれ?


手を伸ばしてそれを机の中から抜き取ると、


……それは、先輩の手帳だった。


「えっ?」

なんでこれがここに。

あ、三年生もこの教室を使ってるんだ……。


…………見てもいいかな?


さっきの、嫌な想像が頭を過る。


……私は、表紙に手をかけた。











キーンコーンカーンコーン

「先輩っ!」


私は、そんなチャイムが鳴ったと同時に理科室の扉を開けた。


「あれ……?」


流石に早すぎたのか、理科室には誰もいない。


私はいつも先輩がやってるように、アルコールランプと、特別なビーカーを取り出して、コーヒーを作り出した。


だいぶいいかな、というところで、がらりと扉が開く。


少し疲れたような先輩が、そこに立っていた。




「……ごめん、遅れた」


そう言って、彼は私の隣に乱暴に腰かける。

それだけで、私の心臓は高鳴った。


「えっと、コーヒーこれで大丈夫ですか?」

「……ん、大丈夫」



お湯の、コポコポという音だけが理科室に響いた。


先輩は、何をするでもなく、でも私と視線をあわせないようにして座っている。


私は、言った。


「先輩、私…先輩の手帳、拾ったんですけど」

「え」

先輩が、ものすごい早さで私の方を見る。

「……どこで」

「数学で、偶然机の中に入ってて、えっと、どうぞ」


私が手帳を渡すと、先輩は放心したように私と手帳とを見比べていた。

そして、口を手で多い、顔を真っ赤にした。

上目使いで、私のことを見る先輩。



……え、可愛い。


「ああもう…………見た?中身」


「み、見てないです」

私がそう答えると、先輩は机に突っ伏した。

「嘘だろ。いいよ、気持ち悪いでしょ。だって、好きなんだよ」


なんのことだろう。


私は、本当に手帳を見ていないのだ。中身の話なんてされても、意味がわからない。


「……本当に見てないの?」


また上目使い。顔を真っ赤にする先輩、可愛い。


私が頷くと、先輩は

「じゃあ見ていいよ」

と言った。




「え?」

「見ていいって」


そんなこと言われたら見るしかない。

私は、注意深く手帳を開いた。


なんだか、日記のように長い文章が書いてある。



――――――――

ツンデレ、結果は×。あいつはすぐ帰った。悲しかった

チャイムが鳴ってから5分で来てくれた。俺のために走ってくれてると思うとすごく嬉しい。最低だけど。

にこにこして俺のコーヒーを飲むあいつはすごく可愛い。
俺のこと不思議そうに見てるみたい。好きって言いたくなる

この手帳見られたら俺終わる。まじきもい。

――――――――



「あーもう、やだ」


私が何もいえないでいると、先輩がものすごく真っ赤な顔で、私を見つめていた。


「本当きもいよな。ごめん。もう来なくていいから」

「………え?なんで……」


あまりにもびっくりして、私はなんの動作も出来なかった。

「お互い気まずいから。俺がお前のこと好きとか、ひくでしょ」


「ひ、ひきませんっ!……私だって先輩のこと大好き…だもん……」

「…………え?まじで……?」




あぁ、私今絶対顔真っ赤だ。

先輩より真っ赤。



そんなことを考えながらこくこくと頷くと、先輩は完全に両手で顔をおおってしまった。


乙女みたいで可愛い。


「ごめん、俺ほんと………あの…好きです、付き合って、ください」

「はい……」


ゆっくり頷くと、先輩がぎゅっと抱き締めてくれた。



「俺、どうやってお前に好かれようか、必死で考えてたんだ」


ふふ、と笑って、先輩は私の髪を撫でる。


「……先輩は、ツンデレ好きですか…?」


なら、私も頑張らなきゃ。


そう思って言ってみると、先輩は、私に優しく微笑みかけて。





「――――お前なら、何でも好きだから」





「……………私も、先輩なら何でも大好きです」











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