君の涙を散らせるように (
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※水無瀬視点。R18。
5章 「臆病者の愛と」まで読んでからお読みください。
「ーーダー?」
「ーー」
「水無瀬リーダー」
「ーーっ」
名を呼ばれていることに気付き意識がハッと舞い戻った。見ると、湯浅が俺を静かに見据えている。
勉強会の打ち上げだけでは飲み足らず、設楽家で飲み直すことになったのだが、言い出した設楽はソファでふにゃりと締まりのない顔をして既に寝息を立てていた。
「どうしたんですか?眠いですか?」
一方で湯浅は、度数の高い酒を嗜んでいるが、顔色ひとつ変えない。グラスに入った琥珀色の酒を一口煽ると、淡々と俺に問い掛けた。
「いやーー」
「眠いと感じではないですね、何か考え事ですか?先程からぼーっとして、心ここに在らずですね」
端的に言い当てられ、俺がどう取り繕うか言い淀んでいると、湯浅は眼鏡の奥に眼光の鋭さを忍ばせながらも強い視線を注いでくる。
湯浅のこの目は、大抵相手の心意を探っている時のものだ。普段なら適当に交わせるものの、今日に限って調子が狂う。
バツが悪くなり、ガシガシと頭を掻いてやり過ごしていると、今度はフッと笑われてしまった。
「笑うな。俺だって、考え事くらいする」
「へぇ?だけど今まで、頑なな程自制してたじゃないですか」
「……!!何を言って…」
思わず絶句してしまうと、湯浅は嘆息を落とした。
「少なくとも、ここまで動揺している水無瀬リーダーを見るのは初めてですね。設楽社長の前ではどうか知りませんが、僕たち部下の前では、いつも穏やかで、決して感情的にならず、プライベートの表情を垣間見せたことがない。僕たちに本音を見せるのが、そんなに怖いですか?それとも、信用してないとか?」
「………」
無言は肯定を物語る。しかし、湯浅の指摘には反論の余地もなかった。それに何か言い返そうものなら、倍にして返ってきてしまう予感がある。
部下ながら、あまりに冴えた洞察力に一瞬背筋に震えが走った。
「お前、凄いよな。一体どこまでお見通しなんだか」
脱力しながら一人用のソファに凭れ、酒を煽った。
「別に憶測を言ったまでですが。今日の水無瀬リーダーは分かりやすかったですからね。理性と感情の狭間で思い悩んでいる表情も唆られますが、それ以上に心配です」
まさにぐうの音も出ない。抑揚のない声と殊更冷静な表情とはおよそ似つかわしくない“心配”という単語。意表を突かれた気分だ。
それにしても、俺は心配される程情けない顔をしているのか。
ふと腕時計に視線を落とすと、既に寝支度を済ませていてもおかしくない時刻になっていた。
勉強会の準備でここ数日は全員が全員忙しく、毎日残業もあった。先に帰った雨木も田中も疲れていたはずで、かくいう俺自身も、体に疲労感があった。
が、一向に酔えない。頭は妙に冴えきって、先程の出来事を延々とリピートしている。
打ち上げの帰り、雨木と田中が二人きりで帰るんだと思ったら、咄嗟にその手を掴んでしまった。
己の行動に信じられない思いで動けずにいると、田中が割って入った。俺を見る目に思わず息を呑む。
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