いつもスウィング気分で
16[1986, Autumn 16](1/4)
 独り暮らしの京子の部屋に、男が、沢口が居ついてしまった。不審に思った沢口の母親が興信所を使って自分の息子を調べさせた。たかだか息子の外泊に興信所も何も無いもんだ。京子の存在を知った両親が結婚するつもりが無いなら別れろと言うと、「じゃあ結婚します」と彼が勝手に話を進めてしまった。京子の両親は福岡で今でも健在だが、沢口家の人間が気に入らず、ギリギリまで結婚に反対だったそうだ。彼女としては、イヤだったら別れるわぐらいの簡単な気持ちで結婚してしまった。結婚当初から別れのタイミングを狙っていたが、そのうち子どもが出来てしまい、子どもの可愛さに別れることが出来なくなってしまった。
 男の子が生まれたことで、跡継ぎ製造マシンの役目は終わり、義母は孫に付きっきりで母親の京子よりも長い時間を過ごす。沢口は母親に頭が上がらない。
「自分の息子を『ボクちゃん』て呼ぶのよ。鳥肌もんでしょ」
 沢口のマザコンぶりに生理的に耐えられなくなり、傍に居るだけで虫唾が走るようになる。居ても立ってもいられなくなり、息子を連れて友人宅へ逃げ、夫へ離婚届を送り付けた。早速裁判になり、あっと言う間に閉廷。彼女はコテンパに負けた。料理は出来ない、掃除も裁縫もまるでダメ。おまけに子どもだってほーら私の方に懐いてるんですよ、と義母は言う。次元の低い議論の嫌いな京子は呆れて口をつぐんでしまった。
 秋子ならこんな結婚を選ぶだろうか。
「髪、切っちゃったんだな」
「そうよ。もうとっくの昔からこうよ。あなたと別れてから髪をバッサリ切ってそれから伸ばしたことはないわ」
 隣に座る京子の髪に手を伸ばした。サラサラと指をすべる長い髪はそこには無く、短い髪はパラリと指から離れる。
「今日は泊まってく?」
「ああ、良いよ」
 グレイのニットのワンピースの裾から手を入れて京子の体に触れた。
「子どもを産んだら体の線が随分崩れたわ」
「中絶しただけじゃ崩れないもんな」
「イヤねぇ、そんなこと口に出すもんじゃないわ」
 軽く俺の頬をぶった。ピシャリと音がした。
 胸に張りが無い。下腹が少したるんでいる。腰骨が張って尻も下がったようだ。肩にも丸みがついた。
「観察しながら抱かないで」
「バレたか」
「今の彼女と比べちゃイヤよ」
「比べられないよ。第一向こうは若い」
「失礼ね」
 比べられるものではないが、やはり若いだけあって秋子の体の線は綺麗だ。あの体も子どもを産むとこうなってしまうのかと思うと何だかもったいないような気がする。

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