いつもスウィング気分で
15[1986, Autumn 15](1/4)
「今日一日何して過ごそう」
 ゆっくり食事しながらのんびりとよしなしごとを語り、午前中は潰れた。
「雨の似合う町ってどこかしら」
「雨の似合う町・・・表参道かな」
「月並みな発想ね」
「思い浮かばないよ」
「雨の休みはいつも何してた?」
「車で首都高ぶっ飛ばしてた。君は?」
「私? 私は・・・彼の相手をしてたわ」
「一日中?」
「そう、一日中」
「どんな風に?」
「フルコースよ。頭のてっぺんから足の裏まで」
「君が彼の?」
「いいえ、彼が私の」
「良い気持ちだった?」
「愛してた頃はね。終いには苦痛でしかなかったわ」
「俺もそうなるかな」
「かもね」
「じゃあ今のうちは君もまだ迷惑じゃないんだろうから、今日は一日中そうしていることにしよう」
「そうするって、何をどうするの?」
「脱げよ」
「乱暴ね」
 食事の後片付けもそこそこに彼女をベッドまで引っ張って、セーターに手をかけた時、皮肉にもまた電話がかかって来た。キリキリとしつこく彼女を呼ぶ。構わず脱がそうとする俺の手を払いのけ、彼女は起き上がった。
「若杉だったら切っちまえ」
 野望を打ち砕かれた狼は惨めにもベッドの上で萎れてしまった。
「はい・・・ああ、シュウ? ごめんなさいね。迷惑かけちゃって・・・そうなのよ・・・そう・・・そう・・・そんな事までしたの? 非常識な人ね。まさか、何の関係も無いわよ。触るのもイヤよ・・・そんな・・・うん・・・ダメだってば。切るわね、じゃ」
 彼女は彼を「シュウ」と呼んだ。名前を呼ぶのを聞いたのは初めてだ。親し気な優しい響きの彼女の呼び方に不安がよぎった。
「何だって?」
「若杉さんたら部屋の中まで入ろうとしたんですって。無精髭を生やしてチンピラみたいだって。彼、若杉さんをイイ男だって言ってた」
 若杉も「シュウ」をイイ男だと言っていた。俺は会ったことが無い。顔を見るまでに至っていない。「シュウ」も俺を知らない。存在さえ無いはずだ。
「シュウって呼んでたよ」
「え?」
「電話で彼のことそう呼んでた」
「あ、そう? 山崎秀也だからシュウよ。知らなかったかしら」
 知ってたさ。代々木上原のマンションのネームプレートに2人の名前が並んでいた。部屋を出る時、君は自分の名前を切り取った。
「続きは?」
「やめとこう。気がそがれた」
 君に纏わりつく男の影に俺はいつも押しのけられる。俺だって負けないくらい女の匂いを染み込ませているはずなのだが、君はまるで頓着しない。何故そんなに冷めているんだ。
「電話よ。あなたの電話が鳴ってる」
 もたもたしていると彼女がスピーカーの上から電話を運んで来た。ベッドに仰向けのまま受話器を耳に当てた。今日はよく電話のかかって来る日だ。
「独り?」
 若杉の声を想定していた俺の耳に飛び込んで来たのは女の声だ。笹木京子、いいや沢口京子・・・どっちだって良い。
「いいや、独りじゃない」
「優しくないのね。嘘くらい吐いてくれても良いのに」
「君に嘘を吐いても君はすぐに暴くじゃないか」
「うまく行ってないの?」
「馬鹿な」
「あなたの声は正直なのよ」
「今日は何だ」

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