いつもスウィング気分で
9[1986, Autumn 9](1/5)
 奇抜で過激な出会いの日から2ヶ月半、俺たち2人は同居を始めた。簡単で急激な同居。一緒に暮らしているからと言って、熱烈に愛し合っているわけではないし、そうでなければならないという義務はない。2人が男と女であるというだけで、生活のためのルールは同性同士のそれと何の違いも無い。肉体関係は有るが、夫婦や恋人たちのものとはやはり違う。お互いを求めはする。少なくとも俺は彼女が欲しい。
「ここで食べる食費は折半ということで良いかしら」
 2人の間ではっきりとさせておかなければならない生活のルールの中に、一番細かくて出来れば触れずに通り過ぎたいことがある。金のことだ。だが彼女は部屋代に始まって新聞代に至るまで、実にはっきりルールづけした。男が働いて稼いだ金で女が家計を遣り繰りするのとは明らかに違うのだからと。
「部屋代と新聞代は毎月一定だから、前以ってお支払いするとして、光熱費は口座引き落としの領収証が届いた時点で半額お支払いします。食費は月末に使った分を合計して半分にすれば良いでしょう? 日用品なんかも忘れずにレシート貰ってね」
 きっと今までもそうして来たんだろうな。彼女みたいなのを奥さんにしたら、しっかり者で遣り繰り上手で良いかもしれないが、浮気のためのへそくりも出来ないだろうな。或いは、
「あら、外食したり呑んだりするのはあなたのお財布なんだから、どうぞご勝手に」
 と言うだろうか。
 俺はレシートや領収証を保管していたことが無い。これからは貰わないといけないな。忘れることの方が多そうだ。
 金の事はひとまずそれで良しとして、今迄の俺の生活がどれだけ彼女に影響を受け変わってしまうかが大きな懸念材料だ。彼女のペースに巻き込まれるのは不本意だが、予想に難くない。寝ている間に朝食がセットされ、お早うのキスでお目覚めというのは望んではいけない。
「お目覚めの音楽もトーストもコーヒーも今迄通りで良いと思う。でも私は違う曲で目覚めたい時もあるし、トーストとコーヒーだ けじゃなくハムエッグとヨーグルトを加えたい時もあるわ」
「ご相伴したいね」
「では、コーヒーとトースト以外は私が担当ね」
「大賛成」
 マンデリンを2杯分、6枚切を2枚、俺は毎晩仕込む係だ。
「明日の朝はボブジェームスにしたいな」
「いいや、明日は日曜日だから目覚ましはいらないんだ」
「目が覚めた時に起きるってわけね?」
「そういうこと」
「掃除や洗濯、目が覚めたら適当に始めちゃって良いかしら」
「任せる」
 その時ベッドルームで彼女の電話がキリキリとなった。電話のベルの2回分、俺の顔を凝視すると、彼女は一大決心したように「えい」とでも声に出しそうな勢いでソファから立ち上がった。5回目が鳴り終わった時彼女は受話器を取った。
「はい、森田です」
 会社の電話を受ける時とまるで同じ調子だ。少ししょげたような、しかし、きっぱりとした意志を持った口調。相手の声は当然のことだが聞こえない。
「・・・クロゼットルームに居たの・・・友達のところ・・・そうね、悪かったわ・・・今そんなこと言ってもしょうがないでしょ。傍に人が居るんじゃないの?・・・わかってる・・・うん、残業はしない・・・じゃ」

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