いつもスウィング気分で
8[1986, Autumn 8](1/6)
 エレベーターの前に荷物を運びながら俺は彼女に訊いた。
「彼はこの部屋に1人で住み続けるのかな」
「多分ね」
「部屋代1人で払えるのか」
「平気よ。会社が全額負担してるんだもの」
「本当? 凄く良い会社だね。じゃあ君たちはタダであの部屋に暮らしてるわけ?」
「そういうこと」
「一緒に住んでることが彼の会社にバレてないんだ」
「そういうことは要領良くやるから。田中君がリークさえしなければ私だってバレずに済んだのに」
「住所変更どうする?」
「しない」
「電車の定期券、代々木上原のまま支給されるよ」
「払い戻して買い直す」
「そうか」
 段ボール箱の1つは後部座席に納まった。2つは無理だ。トランクに入れた。蓋を閉めると鈍い音がした。箱が潰れたのだ。
 俺の部屋に荷物を放り込んで次に代々木上原に戻って来たのは3時だった。まだ暗い。
「疲れたわ」
 そう言うと彼女はベッドに倒れ込んだ。
「朝まで眠りたい」
 彼女は傍に居る俺の腕を引っ張った。俺がシャワーを浴びたいと言うと、彼女は、どうぞと言ってすぐに手を離してくれた。
「その間に眠ってしまっているかも」
「構わないよ」
 いつでも程良い温度の湯が出るように調節されているそのシャワーは、水圧が高くとても心地良かった。流石に高い部屋は違うな。
 軽く汗を流して部屋に戻ると彼女は裸でベッドの中に居た。眠ってはいなかった。
「抱いて」
「ここで?」
「そうよ。不都合?」
 いけなかないけど気が進まないな。君とあいつが2人で寝るためのベッドだぜ。
「アラミスが残るよ」
「気にしないで」
 彼女は俺のTシャツに手をかけた。
「脱いで、早く」
 ベッドから起き上がって俺に抱き付いた。俺が脱いでいる間も抱き付いたままでいた。
「その気になってるくせに」
「その気じゃなくてもこうなるさ」
「変態」
 俺のベッドとは違う匂いがする。俺は違う男の存在を意識しながら彼女を抱くわけだが、彼女はこの部屋のこのベッドで自分を抱いた奴のことを思いはしないのだろうか。変な感じだ。だが俺はいつものように彼女を抱くことが出来た。彼女は今このベッドで目を閉じ俺のことを思っているだろうか。奴に、他の男とこのベッドで寝ただろう、アラミスを付けた奴だろうと言われた時、彼女はどう言い訳するのだろう。あなたにそんなこと言う資格は無いと言えるのだろうか。彼女はただ、激しく喘いでいる。
 次の朝、彼女は俺より早く目を覚まし、シャワーを浴び、新聞に目を通し、朝食を作り終え、そしてようやく俺を起こしに来た。手に持ったアラームを俺の耳に近付けて、起きてと囁いた。ピヨピヨという音が次第に大きくなり、最後にはピーという連続した音になる。ここまで来るとかなりうるさい。
「わかったよ。起きるよ。起きるから止めてくれ」
 実を言うと彼女が起きたのと同時に俺も目を覚ましていた。他人の部屋では身の置き場が無いし、彼女が自分の部屋でどんなふうに過ごすのか見たかったので、寝たふりをしていた。
「朝ご飯が出来てます」
「悪いね」
「どういたしまして」
 彼女はTシャツを1枚俺に放ってよこした。それには軽井沢のペンションのロゴが描かれていた。
「気にしないで着て」
 断るところを見ると奴の物らしい。
「彼氏と2人で行ったんだ」
「そうよ。着るのイヤ?」
「そんなことはない」
「そんなのばっかりよ」
「そんなのばっかり?」
「私の世界を構成する物には多かれ少なかれ男が係わっているわ」
「例えば?」
「男からプレゼントされた物、借りてて返していない物、ペアで揃えた物、エトセトラ」
「へえ」

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