────[告白](1/1)
〜彼に彼女が〜
「だから、好きなんだってば」
「誰が?」
「わたしが」
「…誰を?」
「俊くんを」
「…………」
「…………」
俊の思考回路は、フリーズしていいやらショートしていいやらわからずに悲鳴をあげる。
「もぉっ!!」
すっと、皐月は立ち上がり、
「広瀬俊くん!」
ビシッと人差し指を突き出す皐月に、俊も思わず立ち上がり背筋を伸ばす。
「は、はいっ」
「わたしは俊くんのコトが好きなので、お付き合いしてください!」
そう言われて、やっと理解する。
「え、えぇっ!?」
上ずった俊の声が雨空の下に響いた。
「待て、俺は...」
慌てて何を言えばいいのかわからなくなる。いきなりそんなこと──告白されても、俊には対応の仕方がわからなかった。
「あのね」
そんな挙動不審な俊に皐月は、
「すぐに答えを出さなくてもいいよ」
優しい声で、
「でも、OKしてくれたら嬉しいな」
笑ってみせた。
その笑顔に、俊の身体は火照っていく。
「あ……」
俊は必死に言葉を探す。それを皐月は無言で待つ。
「俺は…」
一言ずつ丁寧に言葉を紬いでゆく。
「……俺も」
たどたどしく、けれどはっきり声に出して、
「たぶん...」
そして、
「好き...なのかもしれない」
勇気を出して、今のありのままの気持ちを伝えた。
「かも?」
だがめざとく食いつく皐月。
「今は、確信じゃない……」
俊はあくまで嘘は言っていない。ただ、自分の気持ちが本当のことを言ってくれないのだ。
「…そっか」
皐月は小さく微笑み、
「じゃあ...」
言いながら、俊に近寄ってくる。
そして、呟いた。
「“虎神”さん」
その一言に、俊の身体の熱が一気に奪われた気がした。
「気付いてるでしょ、俊くんなら」
さっきまで止まりそうだった俊の思考が、急激に回転しはじめる。
「……やっぱり」
俊は低い声で言った。
「お前だったのか、皐月」
「うん」
昨日の時点で俊は確信していた。ネオで戦ったあの黒衣の女は、最後に声の編集を解いて俊の名前を呼んだ。彼ならその声を聞き違えるはずはない。だが信じたくはなかった。
その思いが、こんなときにこじ開けられた。
「黒衣で…」
「うん」
俊の言葉に相づちをうつ皐月。
「ヴェールをまとって……」
「うん」
そし
て、
「チーター……」
「……うん」
あの敵の正体は皐月だった。
「なんでだ?」
詰め寄る俊。それに対して皐月は、
「俊くん、部活辞めてからずっとネオばかりやってたでしょ?」
「…知ってたのか?」
俊は皐月にそのことを伝えてはいなかった。伝える必要もなかった。
「知ってたよ、友達とかが見てたし」
「そうか」
皐月の友人がたまたま、コンピュータ室に入ってゆく俊の姿を目撃した。それを皐月に話したというわけか。
「なんか、ズルくない?」
そう言った皐月の声は震えていた。
「え?」
「ネオでは骨に負担かからないから、逃げてたんでしょ?」
“逃げてた”
その言葉が俊の心をえぐった。
間違いない、彼は逃げていた。医者も皐月も何も言ってこないネオの世界で、陸上以外で走る喜びを感じていた。
「だからね...」
皐月はうつむきながら、
「ネオでこてんぱんにやっちゃえば、きっと戻ってきてくれるって思ったの」
「っ!?」
驚いた。さっき俊が考えていたこととは訳が違う。ただ無茶なことを叫ぶだけではなく、行動まで起こしていたなんて。それほどまでに皐月の思いは強かったのだろうか。
「でもさ」
哀愁を帯びた声で、皐月は続ける。
「冷静になって考えたら、骨折から復帰なんて無理だよね」
「……ああ」
「だから、もう訳わかんなくなってきちゃった……」
その皐月の目は、疲れきったように光を失っていた。
「それでも、この2か月わたしが俊くんのために努力してきたのは認めてほしかったの」
皐月の最初の目標──ネオで俺を打ち負かすために、それはそれは努力してきたのだろう。なにせ俊の知る限りでは、皐月のネオの腕前はあまりにも弱かったのだから。そんな皐月が俊に追い付き、追い抜くための努力の果ての究極がチートだったということだ。
「最初はね、チートボディに身体が耐えられなくて、すごく苦しかったの……」
言動からして、おそらく皐月は能力解放のほかにも身体能力をいじっている。俊が以前聞いた話では、そのようなチートをすると、DBと現実の身体のギャップに耐え切れなくなるといわれていた。おそらく皐月もそんな苦しみを味わったのだろう。
「……まさか!」
俊はそこで、ある推論に至った。
「最近陸上で調子悪かったのって、それが原因なのか!?」
「そう
だよ。チートの勉強で部活に行かなかったのもあるけど、長い時間チートDBでアクセスしてると、現実の身体が鈍ってきちゃってね……」
「そんなっ...」
“なんでそんなコトを?”
そう言いかけて、やめた。それはあまりにも酷な問いだ。その言葉は、愛する俊のためにと思ってやってきた皐月の努力を踏みにじることになる。それが例え違法なことであったとしても。いや、むしろ違法であるからこそ、そのリスクを越えた愛を否定してはいけない気がした。
長い沈黙。秋の風としだいに強くなっていく雨が、二人の身体を冷やしていく。
その沈黙を破ったのは俊だった。
「……ごめん」
「えっ?」
一瞬、言葉を理解できずに皐月が訊き返す。
「お前の想いに気付けなくて……」
俊は泣き出しそうな声で言った。いや、実はもう泣いていたのかもしれない。ただ、強く打ち付ける雨が俊の顔を濡らしてしまっているせいで定かではなかったが。
「俊くん……」
言葉に迷う皐月。そしてすこし間をおいて、彼女もまた涙ぐんだ声で言った。
「ありがとう……」
俊にはその言葉の真意はわからない。何に対しての“ありがとう”なのか。だが、その一言のなかにある決意めいた響きに、彼は気付いていた。だから余計に何も言えなかった
「……うん」
再び訪れた沈黙を、今度は皐月が破る。
「俊くん」
まっすぐに見つめる彼女の瞳に思わず見とれてしまう俊。だが冷静に次の言葉を待った。
そして皐月は一呼吸おいて、告げた。
「決着をつけよう?」
問いかけるようにして言う皐月だったが、その言葉は拒否権を許さなかった。だが俊も、拒否するつもりなどさらさら無い。なにせ、この言葉は予想していたから。
「……ああ、戦おう」
だが彼は“決着”ではなく“戦う”と言った。皐月が言っているのは“ネオでの決着”のことであるとは解っていたが、しかし俊にはその言葉がとても危なげなものに聞こえてしまったのだ。この“決着”によって、二人の中の何かが必ず変わる。
そのニュアンスから逃れようと、彼は“戦う”と言った。それには“二人が戦う”と同時に“二人で戦う”という想いが含まれていた。それに皐月が気付いたかどうかは定かではないが、しかし彼女は力強く首を縦に振って肯定した。
「うん、戦おう!」
全身を雨と風に打たれながら、二人は決闘を誓った。
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