────[邂逅](1/1)
〜彼と彼女と〜
西暦2500年、河見市郊外のとある町のビル街で、彼は戦っていた。
「ファースト」
彼が宣言すると、両手に逆手で握られた2本のレイピアがその刃渡りをやや伸ばした。刺突に特化した針のようなレイピアの形状を『刃』と形容するには無理があるようだが、彼の宣言によってそれはまさに『刃』へと形を変え、両刃を得たのだ。彼のファーストの能力は“武器の形状変化”だった。
「たあっ!」
そうして前方に迎え撃つ男二人に向かい、あり得ないほどの前傾姿勢で走ってゆく。その速度はまさに獲物を狙う虎のそれだった。
そして一閃。
「ぐあっ」
刺突用のレイピアが『斬る』という要素を得たために、そして逆手に構えていたために、その二人の間をすり抜けただけで刃が当たる。片方はすでに光となって消えてしまった。
「……」
さらに勢いで走り抜けること50m、減速を終えた彼が振り向くと、残った一人がよろけつつも向き直った。
「くっ...ファースト!」
そう宣言した敵のもつ銃が、赤いオーラをまとう。おそらく炎の力を帯びたのだろう。
「でやぁぁぁっ!」
そして咆哮とともに駆け出す。赤いオーラはその軌道に線を描きながら彼に向かってゆく。
「ファースト...統合」
彼がまたファーストを宣言すると、二本のレイピアが一本にまとまった。先ほどの両刃ではなく刺突用の形状に戻っていたが、全体的に長く伸び、その鋭さは獲物を射抜く猛虎の眼のようであった。言うなれば『槍』である。彼はそれを“グングニル”と呼ぶ。
グングニルを右手で逆手に持ち直すと、彼は前屈みになり左手を地につけた。
「おらぁっ!!」
敵は眼前30m、狙われたら間違いなく弾丸を食らうであろう距離で、叫びながら引き金を引いた。
それと同時に爆音が、前傾姿勢をとっていた彼のいた地点に響いた。着弾点に火柱を生じる技であった。
だが、
「遅い!」
彼の声は敵の背後から聞こえた。敵はわけもわからず振り向こうとしたが、その『虎』の姿を捉える前に光となった。
河見市の外れの私立雨宮高校の1年生、広瀬俊(ひろせしゅん)は、ネオコロッセオでもそこそこ名の知れたプレイヤーだった。その生まれもっての俊足を生かした戦闘スタイルから『虎神-トラガミ-』と呼ばれ畏れられている。しかし本人はそんなことを何とも思ってはいない。
彼は1年生にして、雨宮高
校陸上部のエースだった。主に短距離走を得意とし、この夏のインターハイでは100m走で総合4位までいった腕前をもつ。
だがそれは俊がエース“だった”ときの栄光である。彼はもう、陸上部員ではない。
ある日の放課後、退屈そうに教室を出ていこうとする俊を、彼女の声が呼び止めた。
「俊くん!」
俊が振り向くとそこには、クラスメイトであり中学から付き合いがある近藤皐月(こんどうさつき)が立っていた。
「なんだよ皐月……」
「俊くん…やっぱり、戻ってくる気は無いの?」
どこへ“戻る”のかは、皐月が現役陸上部員であることからもわかるだろう。
「無いよ、ぜんぜん」
今では帰宅部の俊。早々に立ち去ろうと素っ気なく返したのだが、
「…わたし!」
大きく息を吸い込み、皐月は続けた。
「待ってるよ!」
俊はしかしそんな言葉は無視して教室を出ていった。
それは“無茶”な話なのだから。
俊が陸上を辞めたのはケガが原因だった。しかもただのケガではない。骨折だった。
インターハイを終え彼が普通に練習をしていると、急にスネを激痛が襲った。披露骨折だった。
脚の痛みこそすぐに消えたが、医者はあっさり言い放った。『復帰は不可能』である事実を、インハイ入賞者に突きつけたのだ。
それなのになぜ皐月は俊に復帰を呼びかけるのか、彼には理解できなかった。彼女もそのことは知っているだろうに。しかし彼女は、俊が退部してから2か月の間ずっと待っていた、俊の復帰を。
俊は、もう現実世界では走れないというのに。
俊がネオを始めたのは中学1年生のときだった。授業での経験が衝撃的で、彼は一瞬でその魅力に惹かれていた。
やはりそのときから彼は陸上のエースだった。全国大会に出ない年はなかった。そんな俊足をネオの戦闘に活かし、彼は圧倒的な強さを誇った。
そしていつしか『虎神』と呼ばれるようになった。
俊は、いつもの解禁区に来ていた。アクセスポイントは学校のコンピュータ室。放課後はこの部屋には誰も来なくなるため、社交的でなく孤立しがちな俊には最適の環境だった。
彼が毎日ネオをするのは、ただの暇潰しのほかに理由がある。ユートピアのなかのDBは医師の診断にとらわれず、痛みさえしなければいくらでも走り続けることができる。その意義は、幼いころから走ることが好きだった彼には大きい。
…部活を辞めてからはずっとこんな調子だった。
「……」
息を殺し、周囲を警戒しながら相手を探す。いくら『虎神』といえど、死角からの奇襲には追いつけないときもあるのだ。
その両手にはあのツインレイピア。彼は右手の剣をエクスカリバー、左をアルシオーネと名付けた。どちらも陸上にゆかりのある名前だ。
そうしてしばらく歩いていると、前方──大きなビルの入り口付近に黒い人影を捉えた。無意識的に俊は体勢を低くする。2対のレイピアを逆手に持ちながらのクラウチング姿勢。影までの距離はおよそ100メートル。全速力の俊なら10秒ちょっとでたどり着けるが、“セカンド”を発動すれは半分以下だ。
俊はやや考え、しかしセカンドは使わないことにした。まずは様子見だ。
彼は深く息を吐き、すこしだけ腰を浮かす。そして素早く脚を蹴りだした。
彼の脚の回転は、すぐに絶対スピードの限界に達した。
そして音もなく影に到達する。
「はっ!」
右手からレイピアの剣戟を放つと同時に叫ぶ俊。ほぼゼロ距離からの刺突は、100メートル走の勢いに乗って神速となる。
(当たる)
そう思った瞬間……
「ファースト」
黒衣の敵がそう発したときには、俊の視界からは消えていた。
「なにっ!?」
レイピアに乗せられた勢いを殺せずビルに直撃しそうになったが、左手の剣を地面に突き刺すことでかろうじて留まった。
俊は瞬時に突き刺したレイピアを引き抜き体勢を整える。だが、
「消えた?」
あの“ファースト”には瞬間移動の能力でもあるのだろうか。だとしたら、俊の“セカンド”でも追えなくなってしまうだろう。
「どこだ、出てこい!」
緊迫したビル街で大声を張り上げた。解禁区でそんなことをするのは気が引けたが、今はそんなことも言ってられない。
…ふと、身体にまとわりつく風を感じた。それは果てしなく微妙な風圧だったが、狩場の虎のように神経を尖らせた俊には肌で感じることができた。
俊はゆっくり前進し、宣言する。
「ファースト...統合」
両手のレイピアがひとつになり、グングニルと化す。その柄を両手で握り、巨大な円を描くように横に薙いだ。
ザッ…
風の流れが乱れると同時に、槍の先が何かをかすめる微かな音がした。それを聞き逃す『虎神』ではない。俊はその音源へ一気に駆け寄り、渾身の突きを放つ。
「たぁぁっ
!!」
猛虎の咆哮と共に、グングニルが“それ”を貫いた。
「外したっ!?」
神槍の先には、敵がまとっていた漆黒のマントが揺れているだけだった。
そのとき、
「遅いよ…」
背後から、機械で編集されたような女性の声が聞こえた。俊はその声になぜか恐怖を覚えた。身体が強ばり、振り向けない──まるで昨日自分が敵を瞬殺したときのような感覚を、自分が味わっていた。
(殺られるッ!)
だが、
「…………?」
数秒の間があったが、俊のDBは無傷。わけもわからず、恐る恐る振り向くと、
「いない!?」
今度は確実に“気配”が消えた。ということは……
「違法ログアウトか!?」
誰もいなくなったビル街の一角に、俊の声が響いた。
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