【さつきとじん】
[第8話『最後のピース』](1/6)


路地裏はいつも嫌な匂いがする。

吐瀉物のすえた匂い。
立ち小便などのアンモニア臭。

だから、路地裏を通る時はいつも息を止めて走り抜けるように歩いた。
この日もそうしようとしたけれど、鼻をつく匂いは防ぎようが無く鼻孔へと侵入してきた。

「………」

すんと一呼吸匂いを嗅いでしまう。
嫌な匂いだ。

普段嗅ぐ匂いとはまた違う不思議な匂い。
子供の頃に鉄棒で遊んだ後の手の匂いに似ていた。

この路地を少し進んだ先に開けたスペースがある。
そこに何かがあるのかもしれない。

そのスペースは不良がたまり場にしていることもあるし、トラブルが嫌な僕は素早く通り抜けた。

「………っ!」

走り抜けた僕は背筋に電流が走った気がした。
スペースには人がいたのだ。

でも、僕が予想したガラの悪い人間ではなかった。
制服を着た女の子が立っていた。

それもどこか見覚えのある後ろ姿。
僕はあの後ろ姿を知っている。

小さな頃から知っている。
でも、いるはずがない。

彼女はよく僕に言った。

「あそこは危ないから通っちゃ駄目だよ」

って。
優しく、お姉さんぶって言っているのに。

彼女がここにいるはずがないのだ。

- 56 -
前n[*][#]次n
―栞
/620 page 


⇒作品レビュー
⇒モバスペBook


>>戻る