月に願いを
[迷うココロ](1/8)











土方と雪奈が出会ったあの夜からしばらくの時が経つ。
慣れた手つきで着物を着て、縁側に出る雪奈。
とても天気のいい朝で、ぐんと両腕を上げ伸びをする。

「雪奈!おはよう。」

にこやかに女将が近づいてくる。

「あ、おはようございます。いい朝ですね。」

「気持ちのええ朝やね。どう?少しここの暮らしにも慣れたんと違う?」

「はい。でも、まだまだ戸惑うことも多いんですけどねー。女将さんや宮乃さんのおかげでなんとか!」

それはよかったと、胸をなでおろすように、女将は帯に手を当てる。

「そうや、今日はお休みにしたら?」

「え!いいんですか?!」

「あんたがいつも頑張ってくれてはるから、ご褒美や!」

そう言って女将はにこにこと微笑んだ。
雪奈はその言葉に甘え、一日休みを貰うことにした。
ここに来てからこんなにも穏やかに過ごせた日があっただろうか。
以前の生活との違いがありすぎて、着いて行くのに精一杯。
それがやっと慣れ、少し余裕も出ていた。

しかしひと時も忘れていないのは、元の時代への帰り方。
姉はどうしているだろう。
日々の生活の中で、これだけは頭から離れることはなかった。

部屋に戻り、雪奈はカバンの中の物を取り出した。
スマホはいざという時の為に電源は切ってある。

スマホ、いつまで持つかな

そして、その奥に大切にしまっていた小さな本。
姉がガイドした京都の街並みに、歴史上の出来事や所縁のの地や関係する人物などが書かれている。
雪奈はその本を開いて、ひとつのページで手を止めた。

「新選組……。」

そこにはあの日出会った2人の人物の写真。

「近藤勇、土方歳三か。本当なんだ。」

あの日以来、雪奈は幾度もこのページを開き、現実なのだと確かめた。
しかし今も俄かには信じられない。
このお店ですら、雪奈の時代とはかけ離れている。
パタンと音を立て、その本を閉じると、雪奈は部屋の机に向かった。
半紙に筆、それにスズリ
小学生の頃習字を習っていた時以来。
そっと筆に墨を乗せて、その半紙に綴る。

【家族へ】
そう書き出して、雪奈は未来の家族に宛てた手紙をしたためる。
それが届く保証もなければ、術もわからない。
だけど、いつか届ける方法があったなら、自分は元気だと伝えたいと考えて。



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