不純愛DNA
[姉の男](1/37)

姉の男



「楓ちゃん、新しいバイト今日からだっけ?」


事務所を通り抜けようとした私に、パソコンを叩いていたすみれお姉ちゃんが声を掛けてきた。


「うん、そう」


「え、ぼくそれ聞いてない。楓ちゃん何のバイト始めるの?」


隣のデスクで積み上げたファイルに隠れていた野上さんが、ひょいと顔を出す。


彼の視線が私に向いただけで無駄に跳ねる心臓の音。情けない、この程度で。


この3人の空間は嫌いだ。だから黙って出かけるつもりだったのに。


感情を彼らに悟られないように、静かに息を吐いた。


うちの両親は、自宅の一階に事務所を構えて石材店を営んでいる。うちの名字を単純に使って、その名も鈴木石材。


パパが社長なんて言うと聞こえはいいけど、社員6人だけの小さな会社で、お墓の設計から販売、納骨の手伝いまで仏事なら何でもござれの便利屋だ。このご時世、何でもやらなきゃ経営は成り立たないらしい。


野上さんは社員の中で1番の若手ながら、仕事熱心でで人当たりも良く、営業成績も常に上位。パパからとても信頼されている。


私はこの人に昔から密かに憧れていた。初恋、と言ってもいいかもしれない。


もちろん、若手とはいえ30近い男の人が成人式を迎えたばかりの小娘なんて相手にするはずないと諦めてはいる。


いや、年齢は言い訳だ。私が何歳だろうがどうせこの人の眼中には入れない。だって野上さんが見ている相手はずっと1人だけだから。


「居酒屋さんだよ。駅前にあるでしょ」


うちの最寄駅は快速の止まらないひなびた駅で、私のバイト先はそこにある唯一の居酒屋だった。


「居酒屋って水商売じゃないか。酔っ払いの相手とか大丈夫なの?」


野上さんは眉をひそめた。私が子供の時からここに勤めているから、この人の中ではいつまで経っても小さな楓ちゃんなのだ。




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