猫の くしゃみ
[猫の くしゃみ](1/1)





         猫の くしゃみ










やっと仕事が 終わった

俺は ネクタイを 少し緩めながら

いつもの駅に 向かった

毎日 毎日 この繰り返し

歩きながら 毎日 同じ事を 考え

そして 自分に 言い聞かせ ながら

家路に 向かう

俺は 地元の 高校を 出て

都会に 憧れ この街に 来た

あれから数年の 時間が過ぎて

今 この時を 歩いてる

名もない会社に 就職した

仲の良い同僚にも 出会えた

独身の時は 仕事が 終われば

毎日 居酒屋で 同僚と 語りあった

酒を飲み交わし 仕事の話 そして グチ

趣味といえば 近くにある

バッティングセンターで  

無心にボールを 打つ事

学生時代は 野球が 得意だった

自慢じゃないが 高3の時は

地元では ベスト4までいった

今 思い出すと 懐かしい

あの頃は 輝いていた 無心でボールを

追ってた 社会に 入り それは消えた

何故だろう もうあの頃には 帰れない

たまたま合コンに 誘われた

横に座った女性と 意気投合 今の嫁だ

縁なのか 偶然なのかはわからないが 今は 

なんとか 持ち堪えてる

こんな俺でも 一人のオヤジだ

親らしく できてるかは わからないが

子供はしたって くれてる

嫁 子供 そして 狭いながらも

マンションを ローンで 買った

今の俺には 沢山の生きる証ってやつを

オリンピックの メダルみたいに 

首から ぶら下げてる 

夢に見た 大都会に憧れ 気がつけば

夢は夢で どこかに消えた

街の明かりは 毎日 輝いてるのに

『幸せ?』って聞かれたら 軽くあいづち

する程度 だろう

でも嫁は 気を使ってくれてる

財布の中には いつも夏目漱石が三人

その日に夏目漱石が いなくなっても

翌朝には また三人住んでいる

最近は 居なくなるのは 一日 一人と

俺は 決めてる 将来の事を 思うと

俺は 本当 小さい 男だ!

もう何年も 福沢諭吉を 見たことない

仕事が終わり たまに 立ち屋で

酒を飲む 少しのグチと おでんを

つまみながら

帰れば 暗い家 音を 立てずに

静かに 服を脱いで 風呂に入り

パジャマに 袖をとおした

食卓には ラップで包んである 食事

お腹は空いてないが せめてもの

俺の気持ちだ 残さず 食べよう

電子レンジで 温めながら 冷蔵庫から

発泡酒で 自分に乾杯 

食事の横に 添えた 嫁のメモ

『今日も ご苦労様』

胸が 熱くなった

疲れた身体を

椅子に預け 時計を 眺める

もう 日付が 変わってた 

ため息がこぼれた 冷えた発泡酒が

熱い胸を 優しく包んでくれた

食事を 済ませ 食器を 台所へ

歯を磨き 子供の寝顔を そっと見にいく

疲れのウロコが 身体からはがれていく

俺は 社会から見たら 小さい人間

グチさえ 大きな声で 言えない

まるで 弱々しい 猫の くしゃみみたいな

ものだ

でも そうじゃないんだって 俺が 

俺に言い聞かせたい

薄暗い 寝室 

時計の針の音を 俺の呼吸で消しながら

嫁の寝顔を 見た

思わず くしゃみが出た

俺は 慌てて 口をふさいだ

手を 伸ばし

目覚ましの セットの確認

布団を めくり 嫁の横に 身体をあずけた

学生時代に思っていた 夢

想像しながら 今日の俺は......

眠れそうだ
 




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