gift-貴方が与えてくれたもの
【3】[旗はどこにいったのよ?(前編)](1/3)

入学式と始業式が終わって、いよいよ小学校も授業開始だ。今週から、次男、遥は最後の、三男で末っ子のかな太には、初めての「集団登校」がスタートする。

最高学年の遥は、今年から「班長さん」で、先頭。真後ろが新入生で、かな太。その後ろは、学年小さい順で一列に並んでいき、先月までの遥のポジションだった、副班長さん=最後尾、は、お隣の5年生、エリカちゃんがつとめる。しっかり者のエリカちゃんはいいんだけど、あちこち破れっ放しの遥は…

「ちょっとぉ、旗は?班長旗はどしたのよ?」
集団登校の集合場所、公民館前に行き着く前から、もう、これだ。おまけに、毎度のことで、靴のかかと踏んでる。

「んー?学校にある。」けろ。
「学校って…。なんで?班長さんは、先頭を班長旗持って歩くことになってるんでしょ?先月、もらったんじゃなかったの?」

卒業式が終業式より一週間くらい早い、この学校、集団登校の「班長さん」は、卒業式の翌日に先代から遥に、バトンタッチをしている。交代の初日には、遥は班長旗を家に持ち帰っていたのに。
もしかしたら、またもや遥特有の、社会性の困難で「班長旗は、代替わりの最初だけ使う」とか、「年度変わったら使わない」とか、勘違いしてるんじゃ?だとしたら、早く訂正しとかないと。

…と、真っ先に考えるのが、自閉系っ子の母親。上書き修正が難しい特性を持つ、自閉系の子供達にとって、訂正は、後になるほど大変だ。できれば最初から、好ましい習慣を身につけた方が、本人も周囲も楽だから。で、遥ご当人は…

「もらったけどぉ〜…」もじもじもじ。
「…?」
「旗立てに入れたら、どれが自分のか、分かんなくなった。みんな一緒だから。」
「〜〜〜!」

ケロッと言ったのが、遥の悪気では無いことは、分かってる。分かってるけど、

「どこに入れたか、覚えとくもんでしょ!」言わずにいられない…!
「わっかんないよ!みんなおんなじ旗なんだもん!」
「〜〜〜!」

―我慢だ…ここは、我慢…頑張れ、母!

握り拳固めて、深呼吸。言ってしまいたいのは山々だけど、言ってはいけないことがある。
「旗の紐の色が違う」とか、「上がちょっと破れてるのが、ウチの区だ」とか、棒の長さや、先っぽの欠け具合とか、旗の紐の結び癖とか、同じ旗でも個性はあるんだけど、(そもそも、広げてよーく見たら、地区名だって、ちっちゃく書いてあるんだけど)万事が大ざっぱで、細かい違いを見分けるのが大変な遥には、そんな「ビミョーな」差なんか、請求されたら泣くだけだ。
旗立てにしても、升目状の仕切りがついた、傘立てみたいなもんだから、遥にしたら、これも苦手。「タテヨコが同じ四角が並んで、おんなじ旗が立ってる」としか見えてない。
旗立て全体の、「どこらへんに立てたか?」を認識して記憶するのは、くっきり狭い超・拡大画像の記憶と、広い範囲で、ボケボケとしたピンボケ記憶しか無い遥には、その中間の画像で、程よく暮らしてる私達が感じる以上に、大変なことらしい。
しかも、同じ物でも、置いた場所が違うと、「同じ物」だと、即わからないし、更に、「同じ場所に、同じ物」でも、向きを変えたら混乱する。なんとなく、「物の固有の特徴」がボケていて、境界線と背景までが混ざって写った写真みたいだ。

遥が漢字が苦手な原因のひとつに、「同じ字を使っていても、組み合わせが違うと、「同じ字」だとわからない」ことがある。送り仮名や、隣の字が混ざって読まれていたりしているのは、案外、遥の「視覚特性」が、原因かもしれない。

「そりゃー、遥の言うのも分かるわ。俺もわかんなかったもん、6年ん時。」
「五月蝿い!悪い見本は黙ってて!」キレた。

最悪な間合いで突っ込むKYなカヲルに、八つ当たりで怒鳴り返すも、カヲルも馴れたもんで、やれやれ、ウルサいのはそっちじゃん、と堪えない。全くね、あんたは班長旗持ってく以前に、まともに時間守った試し無かったもんね!とか、嫌味でたたみかける私に、カヲルは「弁当、弁当〜」でスルーして、行ってきまーす、で、逃げられた。わかっちゃいますよ、私も。カヲルの空気読めなさ過ぎ、にも、悪気がないことは。あれだけ、学校を嫌いになって、それが、「生まれて初めて、学校に「自分で」行ってる気がする。楽しい。」と言うまでに立ち直ったんだから、喜ぶべきなのは。けど…!!

「なんだ〜、カヲル兄もわかんなかったんだ〜。」遥はホッとしたように、ニコニコしてる。
「………。」
―あーもー、どうせなら、旗自体の色を区で変えてくんないかなぁ…。区の数大したことないんだから。それなら一発で見分けつくのに。

やり場のない力こぶから、一気に脱力して、またもや、ため息。費用のかかることには、後ろ向きな社会の中では、全区統一の黄色一色に、区名を書き込むのが合理的なのは分かってるけど、時々、こういうコドモの立場も分かって欲しい、心底思ってしまう。携帯のアラームが鳴った

「お母さん、時間…」
「はいはい、今、送ってくから。遥、かかと直して。かな太は、手さげ。忘れないで。」既に準備万端、発車オーライ、な、かな太にせっつかれ、慌ただしく扉を閉めた。

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