gift-貴方が与えてくれたもの
【22】[検査の憂鬱](1/2)

かな太の検査の顛末を、夫に話せたのは、夕食も終わって、子供達を寝かせつけた後だった。

夕食の時には、遥も、かな太もケーキの魔力で機嫌は直っていて、かな太は、控え目によそったカレーをきれいに平らげ、ケーキも嬉しそうな顔で食べた。
お風呂が終わると、さすがに二人とも疲れたようで、さっさと寝てしまった。カヲル一人だけが、お気に入りの深夜アニメを見るためか、起きているようだ。

夫は、私に、先に風呂を済ませてきたら?と勧めてくれ、私が上がってくるのをキッチンで待っていた。

「あ〜、さっぱりした〜。」
「ご苦労さん。」夫は、笑って、それから、ふと、思い出したように、「なぁ、検査ってさ、三歳ぐらいん時に受けただろ?あれで、かな太がPDDって判ったんじゃなかった?」
「うん、そうだよ。あの時受けたのは、「田中ビネー式知能検査」ってやつ。遥も一年生の五月に受けた。だけど、今度のは、WISC-3RD.(ウィスク-サード)って、もっと細かいやつをやったんだって。」
「ふ〜ん?けど、発達障害の診断はついてて、ある程度、かな太のクセ…特徴って言った方がいいか…そういうの判ってんのに、わざわざ、なんで違う検査なんかすんの?」
「そこが、「検査」の、面倒なとこなんだよ〜。」

血液検査なんかにしても、一生に一度で済むものと、何度も受けないと意味の無いものがある。
血液型は、一生に一度調べれば大体用が足りるけど、貧血や肝機能なんかは、治療をしながら、時々、定期的に調べないと、意味がない。

「つまり?血液型みたいに「診断」は、前回で用が足りてるけど、貧血みたいに、かな太の「能力」は、変化してる、と、そういうことか?」
「うん、「発達」障害だから…。数値とか、特性って、成長してくにつれて動くんだって。」
「うん、まあ、知能指数だっけ?あれが、年齢で変わるのは知ってるよ。」
「年齢だけじゃないよ、検査の種類とか、その日の体調とかでも。同じ検査でも、初回と二度目じゃ、二度目の方が成績上がる。」
「え?そうなの?」
「うん、私も聞いた話だけどね、田中ビネー式と、今回のWISCだと、同じ人でも、田中ビネーの方が成績低めになりやすいらしい。で、ウチの県の、発達障害者支援センターでは、WISCを基準にしてるみたい。」
「へ〜え、そんなことがあるんだ。」
「そうらしいの。でも、小さい子だと、WISCは難し過ぎて、正確な検査が出来ないんだって。その点は田中ビネーの方が、使い易いってことみたい。」
「あ、そーいや、思い出した、遥が一年の五月に受けた、って教育センターだろ?お前、後で怒ってたじゃん、「児童相談所の話と、反対のこと言われてた」って。」
「そうそう。」
私は思い出して、顔をしかめた。

あの時の、遥の診断結果は「LD」で、特性も
「目から見るのが得意」「耳から聞いて、覚えるのは苦手」だったが…

WISCの検査結果は、
「単純な音を耳から聞いて覚えるのは、完璧。しかし、言葉を聞いて指示を理解するのは苦手」
「部分を見て、全体を想像すること、逆に、全体画像の中から、部分拡大写真と同じものを探すのは苦手」だった。

少なくとも、田中ビネー式より、WISCの方が、より、詳しい結果が出せているのは分かる。遥の場合、担当医師が診断に迷いがあると言われ、更にもう一つ、別の検査を受けた。

親にとって、育てにくい子が「なぜ」育てにくいのか?、「どうすれば」上手く育ってくれるのか?は、一番知りたいことのはず。それを、正確に調査して、伝えて貰えなかったなら、検査は逆効果になる。

遥の例は、悪い見本だ。

「田中ビネー式だと、遥のタイプの「特性」って、イマイチ出にくいのかな。遥の検査結果は、WISCの方が数値も高くて、特性も判りやすかったね。」児童相談所の指導を受け始めたら、遥も見る見る落ち着いて…
「なるほどね。で、今回、その詳しい方の検査を受けたんだ?」
「そう。WISCは、時間がかかるから、先月と今月の二回に分けたんだけど…」

…かな太は、発達検査の途中で、部屋を飛び出してしまった。

突然のことに、びっくりして、私は、ソファーの隣に座った、かな太の顔を、まじまじと見た。見てる前で、見る見る涙が盛り上がって、ポロポロ落ちる。

「かな太、どうしたの?」
「もう、お勉強なんかしないぃ〜!だって、難しいお勉強ばっかり、やらせるんだもん、かな太、もう嫌だぁ。」べそべそべそ。

―ははぁ、アレか…

かな太で、この検査を利用するのは三回目だから、すぐ、ピンときた。

WISC-3RD.などの「ウェックスラー式知能検査」には、「チャレンジ問題」という設問がある。
主に、国語、算数、などの学力分野の知能を調べるための、問題だと思う。


これは平たく言えば、「年齢相応以上の難問」だ。

「はい?年齢相応以上?そんなの、なんでやらせるの?」夫がまた、割り込む。
「私も専門家じゃないから、キチンと解らないけど、知能指数って、「検査を受ける人の、実年齢に対する、実力」みたいなもんでしょう?だから、まず、実年齢より低い年の子供が解ける問題からスタートして、「実年齢ちょうど」、「実年齢よりちょっと上」、ってカンジに問題を難しくしてくらしい。」
「ふ〜ん?」
「でさ、どこかで、「わかりません」になるか、答えても、二問連続で間違えたら、ストップがかかって、「そこまでが実力」ってなるらしい。」「ははあ、なるほど。正解=実力、ってことか。」
「うん。だから、年齢より上の問題は、当然難しいんだよ、かな太には。」

…それが、わかってたから、私は、かな太に、

「出来ないなら、「出来ません」って言っていいんだよ?」そう言ってみた。けれど、かな太は、べそべそ泣きながら、
「できません、って言ったもん。でも、先生が「やって?」って言うんだもん…あんな難しいの、かな太わかんないぃ〜。」べそべそべそ「今日は、ひらがな二つもやって、さんすうも、いっこやって、いっぱいお勉強したんだから〜!」びえ〜
「そうか、そうか。」

苦笑しつつ、頭を撫でてやり…でも、その時は、まだ、気づかなかった…

「気づかなかった、って何が?」再び、夫。
「あのね…」

どこから説明したもんか、難しい。ちょっと考えて、

「ウェックスラー式の検査ってさ、さっきも言った通り、「実年齢相応以上」の問題があるのよ。で…」
「間違えたら、止まるんだろ?」
「間違えたら、ね。解けたら?」どうなるでしょう?
「うん?」
「次に進む、なんだよ。簡単に言うとさ、間違えるまで、止まらないんだ。これ、仕方ないんだけど、この検査の欠点かもね。」
「何が?」
「二年以上の、年齢相応以下…つまり、かな太は7歳だから、三歳とか二歳の問題は出さないでカットできるんだけど、実年齢以上は、止まるまでやるから、知能が高いほど、検査時間が長くなるんだよ。」能力ある子ほど、難しい問題もできちゃうから。
「あ、そうか…」
「それでも、普通は、年齢+二歳〜三歳、くらいの人が平均なんだって。」
「じゃ、40過ぎとか60台だったらどーなんの?」

「それは大丈夫。知能の発達は16歳で止まる、って言われてるから、16歳向け問題までで、計測は止めるらしいよ。でも、かな太は7歳でしょ?」
「そうすると、五歳くらいの問題から始めて?」
「うん、多分。で、この検査って、かな太の「能力限界」を調べる検査でしょ?」
「うん?」だから?
「そうするとさ、「みんなが、みんな」って訳じゃないと思うけど、かな太みたく「頑張っちゃう」子には、検査の副作用があるんだよ。」分かりにくいけどね。
「はぁ?副作用ぉ?」何だ、そりゃ?

―説明しづらいなぁ…

…かな太が、私の説得に応じないと見たのか、五分くらいしたら、担当心理士の先生が、待合いに現れた。

「かな太君、もうちょっとで、お勉強終わるから、もうちょっと、頑張ろうか?」いつも、穏やかで優しい心理士さんは、おっとりとかな太に尋ねてみたんだけど。

「やーだ。もう、お勉強出来ないぃ!」きぱっ。
「あと、ホントにちょっとなんだけどな…」
「いやっ!」きぱっ。

―あ、コレは、マズい。

私は、心の中でアタフタして…かな太が「頑固モード」になっている時に、こじらせると、今日はこのまま帰宅することになりかねない。そうなれば、多分、残りの検査は来月も出来ない。
素早く気分転換させないと、怒り出して、一人でエレベーターに乗りそうな勢いだ。

―何か、気持ちを立て直すもの…ええと…えーと…

瞬時「休憩」の文字と一緒に、TVドラマで見た、「発達検査」のシーンが浮かんだ。

―そうだ…

「かな太、お腹すいたでしょ?コアラパン食べる?お茶もあるよ。」
「お茶いらない。パン食べる〜」

―かな太に見せないで、持ってきたおやつが、こんなとこで…

TVで見た、「発達検査」には、「休憩」という項目があり、わざわざ被験者に「袋菓子」を渡して、自分で開封させて、開封の様子や食べ方、「私にも下さい」と、話しかけて、反応を見る設問があったのを、思い出した。
咄嗟の判断だったが、かな太は、ホントにお腹がすいていたらしい、コアラ型をした、小さな余り甘くないパン菓子を、ぱくぱく、えらい勢いで食べ始めた。

―頭使って、お腹も一気に空いたのかなぁ…

この時に、チラッと、引っかかったんだけど、その後の、心理士さんの台詞が想像もしないような内容だったものだから、私の「引っかかった感じ」は、検査後まで、ストップがかかってしまった。

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