gift-貴方が与えてくれたもの
【6】[その一言に落とし穴!?(中編)](1/3)

三歳の時、緊急保育で中途入園した直後、かな太は、初めての集団生活とは思えないくらい、「良い子」だった。

余りにハマり過ぎていたものだから、保育士さんも私も、単純に、かな太の保育園ライフが順調なのを喜び、普通なら一週間くらいかける、午前中だけの「慣らし保育」を一日で切り上げて翌日からはお弁当を持たせ、二日後には、四時までの定時保育になった。「病人看護のため」入園させたことへの配慮もあったんだと思う。でも、異常に早すぎる慣らし方だったのは事実。

けれどかな太は、この、一種スパルタ的な保育プログラムにも、全く問題なく馴染んでいたかに見えた。ダダもこねなければ、後追いもせず、良い子のままのかな太に、カヲルの後追いに苦労した私は、少なからずホッとして、そのまま、何の疑問も持たず登園を続けさせてしまった。

同じ頃、ちょうどカヲルも、今で言う「中一ショック」のような、不適応を起こして、登校中に行方不明になったりしていたから、夫婦共々、良い子で手のかからない、かな太の身に起きていたことを、見逃していたのだ。

―ちょうど、一ヶ月くらいした時だったかな…あれは。

やっと、生活のリズムが出来てきた、と思った頃だった。かな太が突然、39度の熱を出したのは。

この時の発熱は、すごく奇妙だった。

電話で呼び出されて、お迎えに行った時、保育士さんからキツい口調で
「すごく扁桃腺が腫れてますよ。喉も真っ赤で。朝から様子違ってませんでしたか?」
と、言われた時に、ん?、と思った。その朝、異常の前触れなんかなかったから。
お迎え時も、熱が高いだけで、他に病気の兆候がない。そんな感じ。それでも、熱の高さが尋常じゃないから、医者には行った。でも、

「腫れてないよぉ?かな太君は昔から、ちょっと扁桃腺大きめだし、赤くもなってない。」

結局、「知恵熱」と笑って済ませたのだが、これは、始まりに過ぎなかった。
その後は、怒涛の勢いで、嘔吐、下痢、激しい後追い、園のおもちゃ持ち帰って、叱れば逆切れ、じれて泣き出すことや、ワガママも増え、それから、

…叱られてる最中に、かな太君、困って、困って…。「わかんない」って泣いて。で、そのまま、固まった、と思ったら、寝てたんです。スイッチ切れたみたいに…

かな太の「限界」の、訴えだった。

かな太は、「自分自身の辛さを感じとる力」が、とても、弱い。
他人の動向とか、場の空気は、まあまあ読めるのだけど、それは、かな太に「コミュニケーションの障害が無い」のではなく、全く違う方法で「読んで」いるのだ。ちょうど、目の不自由な人が、指で点字を読むように、脳の別の場所を使って、不十分なコミュニケーション能力を補っている。
「自他を客観的に感じ取る力」が、生まれつき上手く働かない。だから、目で見える他人の動向は読めても、自分自身の状況は、上手くつかめない。

その現れで、かな太は時たま、ひどく一方的な態度に出る時がある。詳しく聞き出してみると、そんな時は、別に虫の居所が悪いのではなく、必ず、場面の意味の「読み違え」を起こしている。

けれど、その頃の私や保育士さんには、気まぐれなワガママにしか見えなかった。

保育園で、お友達とモメて、謝らなければならない場面で、「読み違え」を起こしたかな太に、まさか、そんなこととは思ってなかった保育士さんは、かな太が強情を張っていると誤解して、何度も「なぜ、謝らなければいけないのか?」を、繰り返し尋ねた。
理解できない質問と状況で、入園まで助けてくれた親も居ない。それまで無理を続けてきた、かな太の脳は、限界処理能力を越えて、思考活動を一時止めてしまった。まるで、パソコンの「フリーズ」のように。

驚いた保育士さんは、初めて異常に気づき、言いにくそうに、私に状況を報告してきた。田舎町で「障害児」は、悪いレッテルに思われる。ショックを受けた保護者の反発も激しく、それを心配してのことだったのだろうけど、私にしたら、「やっぱり」だった。

かな太は、頑張り過ぎていたのだ。

「良い子にしてね」を杓子定規に守ろうとして、懸命に周りのすることを観察し、真似をして、日々を切り抜けてきたのが段々と行き詰まり、「良い子」のはずの自分が、叱られて、訳が解らなくなり、一気に、限界を越えてしまった。

―どんな気持ちで、過ごしていたんだろうね。かな太は。

「辛い」を感じることも難しく、だから「助けて」とも言えなくて、困っていた時に。
「止めて下さい」を訴える術を知らない脳が、生きるために休息を求めて、体の動き自体を止めてしまったのだろうか。

入学式のかな太の「良い子ぶり」が、あの時と重なるようで、私は漠然と、明日からの新生活が不安だった。

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