部屋におっさんと私


盗まれた指輪 (1/7)








◆◆◆



まさかとは思っていたが、本当に引っ越してきた夏川さん。

そして特別世話とかもなく、普通に毎日を送っている。



「それは、単に家賃タダだからラッキー、って感じなだけじゃないですか?」

「……ですよねー」



同じ学部で一緒の講義だった神田ちゃんに話すと的確に指摘される。

神田ちゃんは高校も同じだった後輩だ。

でも私、この大学一浪して入ってるから同じ1年生なのだけど。



「あまり信じない方がいいですよ。いつの間にか指輪も奪われちゃうかも……」

「大丈夫、信じてないよ」



この間は懐かしさのあまり部屋に入れてしまったが、もうそれもしない。


お父さんのことがあって、自分が人を信じられなくなっていることに気付いたのは最近だ。

人が話す言葉の一言一言に疑いをかけてしまう自分にうんざりしている。



なんせ、あのお父さんが息子のように可愛がっていた中国人の張さんを見ているのだ。

最初に張さんを紹介された時、国籍から偏見を抱いていたが、何度か会ううちに私も信頼を持ってしまっていたのは事実。

張さんと会話するお父さんが本当の親子のようで、嫉妬までしていた。


でも、結果は家の権利や金を奪われていたのだ。

お父さんの葬式の時になに食わぬ顔で参列し、「とうさん」と何度も叫びながら映画のワンシーンのように号泣してた張さんを思い浮かべる度、腸が煮えくり返りそうだ。



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