人身売屋〜みうりや〜
[人身売屋の迷い](1/6)
いくら空が清々しくても。
どんなにいい風が吹いても。
仕事の後だと素晴らしいと
思うことが出来ない。昔から。
目が覚めると足の腫れはひいたが
青黒い痣が残っていた。
衝立(ついたて)の向こうで
眠っている2人の気配に気を
配りながら布団を畳むと、
表へと出る。
もう暫くすれば朝日が昇る。
あたしはいつもの丘に向かった。
「あ…」
あたしのお気に入りの桜の木の
下に人影。
昨日買い取られた侍だった。
「…そこで何を?」
「………………考え事だ。生き死にについてな…」
侍はぼうっと遠くを見ながら
ゆっくりと語り始めた。
「……戦で死線をくぐり…何度も死にそうになりながら…生き延びることが出来たのは…美桜都様が居られたからだった…それが…生き延びたために…こんな死ぬより苦しい仕打ちを…受ける羽目になるなどと…誰が思うだろうか…」
今にも消えそうな声だった。
「…どうして拙者なのだ…何故このような地獄を…見なければならぬ…」
戦で生き延びたのは彼だけだ。
それが幸せか否かは本人しか
決められない。
「…殺してくれ」
「………」
「疲れた…楽に…なりたい」
辺りが徐々に橙色に輝き始める。
「…過去に人身売された人たちの中にも、死にたがる奴はたくさんいた。」
「…殺したか…?」
「殺さない。」
「…はっ…冷酷な女だ…」
「人身売屋なんて仕事にどっぷり浸かれば…人間がどれだけ残酷で貪欲か…嫌でもわかってしまうからな」
「……………」
「しかしそれは売る側の話だ。あんたを買いたいと思っている家は必ずあることも知ってる。」
「…何が言いたい…」
「あんたを必要とする人間は必ず見つかる」
より一層橙色が強くなったかと
思えば、日の出はもう半分も
姿を表していた。
「何故そう言える」
「今ここにあたしたちしかいないのがいい証拠だ。買い取った人たちは誰一人売れ残ることなくここにいない。皆どこかに必要とされ、今を生きている」
「…拙者もどこかに…売られるわけか…」
「何処にでも売る訳じゃない…あんたを欲しいと名乗り出る人にしか売らない。…だからあんたにまだ死なれる訳にはいかない」
辺りが橙色から青に変わる。
「…………人身売屋はいい加減な奴しかいないと思っていたが…」
「半端な覚悟で人身売は出来ないからな」
嘘。
あたしには覚悟なんてない。
人身売屋は体を買う訳じゃない。
人の人生を商売にするのだから…
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