アンラッキーセブン
[12.秘密の◯◯◯・後編](1/4)
「うーーーーーーーーーん.....」
洗面台の鏡の前で眉根を潜めて唸っているのは、そうです、ボクです、結城七生です。
......ボクとか言ってる場合じゃないんだけどね。
眼前の鏡に映った自分の、なんとも悲惨な姿に深くため息をつく。
そう...首筋にこれでもかと付けられた赤い跡。
誰の仕業かなんて、分かりきっている。
脳裏に浮かんだ男の不遜な笑みを、忌々しいとばかりに頭を振って追い出そうとした。
が、その程度であの男の存在を消せるはずもなく、むしろ着替えるためにTシャツを脱いだ瞬間。
昨夜起きたことが鮮明に蘇ってきて、自己嫌悪で膝から崩れ落ちた。
両手で覆った顔は茹でダコのように、耳まで真っ赤だ。
「う...うう...夢であって欲しかった...」
ーーー俺の人生に於いてワースト上位と断言できる大事件
それは、昨日、5月4日に起きた。
朝食目当てに朝早くから押しかけてきたテロリスト、生徒会長の七織愛咲が一旦部屋を出て戻ってきたのは、太陽が沈みかけた夕刻だった。
さすがに日に何度も来ないだろうと踏んでいた俺の読みは見事に外れ、会長はさも当然とばかりに部屋へ勝手に上がり込み、夕飯をせがんできたのだ。
ソファに寝転んでくつろぐ会長を追い出す術もなく、仏頂面で支度を始めた心優しき俺。
今夜は何を食べようか考えあぐねていたこともあり、暇そうにTVのチャンネルを変えていた会長に声を掛けた。
「何か食べたいものあります?」
「チャーハン、唐揚げ付き」
「鶏肉ないっす」
「じゃあ唐揚げいらね、スープ付けろ」
「はあ...」
聞けば即座に返ってくるテンポの良い会話に多少の心地よさを覚える。
そういえば昨夜はオムライスを要望してきたっけ。
「......会長って、庶民の食べ物好きですよね」
そう問えば、振り返った会長が二ィと口角を上げた。
「お前の舌に合わせてやってんだよ、光栄に思え」
カッチーーーーン!
おいコラ、何たる言い草だ。
安くて簡単で旨い庶民食に、実は憧れてるくせに。
いざ食べてみたら、どハマりしたくせに。
金持ちのプライドなんざ、腹の足しにもならんっつーの。
心の中で毒づきつつ、顔はあくまで無表情で。
「ははー、ありがたき幸せ」
「心がこもってねぇぞ。腹減った、早く作れ」
「ぅるせ、バカ殿「ぁあ?」
「......いえなんでも」
ギロリと睨まれ、反転した俺はいそいそと調理に取り掛かった。
凄みをきかせた美形の恐ろしさは、体験した者にしか分かるまい。
所詮、庶民は王者の前では傅くしかないのか。
唇を尖らせて、野菜を細かく刻んでいく。
トントントンと包丁の音だけが支配する室内で、静かにスマホを弄る会長とみじん切りに集中する俺、居心地は悪くない。
そう、なぜか、自然なのだ。
熟年夫婦か!と普段ならツッコミそうな場面だが、この流れる時間があまりに穏やかすぎて、そんな気すら起きなかった。
会長もこの雰囲気を楽しんでいる気がして、俺は頬を緩まさずにはいられなかった。
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