無口な君と、左利きの私

 プロローグ 1/1 

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君の名前を初めて見たのは、
忘れもしない


枯葉舞い散る秋だった。




「あぁ、重い…………」




手に一杯の荷物を抱えて廊下を歩いていた私は、それを見て思わず足を止めた。



廊下に掲げられた、何枚かの絵。
その中の1枚に、私の目は釘付けになった。




なにこれ、すごい―――




窓の外では木枯らしが吹き、枯葉が舞う。

それとは対称的に、その絵は暖かな春を描いていた。




私は荷物の重さに堪えながら、


床に足が張り付いてしまったように
その場を動くことができなかった。






――あぁ、好きだ。




この絵が好きだ、そう思った。






その絵の作者を、自然と目が追う。





【1年B組 成瀬陽向】





その名前を目に焼き付けながら、

吐く息と共にそっと唇に乗せてみる。





なるせ、ひなた―――





唇からその名前が離れると同時に、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。




どんな人なのだろう。


再び絵に目を奪われながら想いを馳せる。




きっと、


春の日溜まりのように温かい人に違いない。



その名前のように、


そして……この絵のように。





「ちょっとー花菜、何してんの?
置いてくよー!」





廊下の少し先で、ロングヘアーの少女が振り返り、立ち止まる私に向けて声を上げた。






「あぁ!結衣、待って、今行くー!」





後ろ髪を引かれるように、その絵に視線を捕らわれながら廊下を再び歩き出す。




「なに見てたの?あんな真剣に」



「絵、見てたの、ほら、
美術部の人達が文化祭用に描いたやつ」



「……絵?」



「うん、そうそう。
でね、すっごい素敵な絵、見つけたの!」





荷物は相変わらず重いのに、歩みを進める私の足取りはなぜか軽かった。





「ねぇ、結衣。
“成瀬陽向”って人、知ってる?

同じ学年みたいなんだけどさ」





再びその名を口にすると、また胸の奥に温かいものが広がった。






今思えば――――



私はこのときにはもう、


名前しか知らない君に
恋をしていたのかもしれない。








***








無口なと、左利きの






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