アシンメトリー
[胡桃](1/33)
胡桃
「ただいまー」
ドアを開けると、新太さんは部屋に上がらずにその場に立ったままでいた。
彼の肩越しに見えるのは、簡単なキッチン。流れてくる賑やかなテレビの音。
「あれ、新太早くない?今日はバイト、ラストまでじゃなかったの」
奥の部屋から声がして、心臓が跳ね上がる。
あの人だ…!
間違いない。耳に残るほど多くは聞いたことない声だけど、すぐに分かる。
ついに、来た。ここまで来た…!
あんまり緊張して膝が震えそうになった時、不意に新太さんに手首を握られた。瞬間、チカッとした痛みが走る。
びっくりして顔を見ると、小声で合図された。
『深呼吸しろ』
ちくしょー、この男爪立てやがったな。
でもおかげでちょっと冷静になれた。言われた通りに大きく息を吸い込んで吐き出した。
「うん、ちょっと早引きしてきた。光さん、悪いけどこっち来てくれる」
向こうでトン、と立ち上がる音がする。
「なにー?そう言えば、さっきまたお前のお母さんが…」
億劫そうに出てきたその人は、私たちの前でぴたりと動きを止めた。
おそらくお風呂上がりの湿った髪。いかにもその辺から適当に出してきたTシャツとスウェット。
きっと家でしかかけないだろう、イケてないデザインの黒ぶちのメガネ。
およそコンビニでは見たこともない姿だったけれど。
相変わらず顔の右半分を占めているケロイドは、紛れもなく私の知っている黒木さんだった。
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