あなたの温度
[19.愛](1/22)
19.愛
アパートに着いてからも、ヒロトは無言だった。
車を降り、いつもなら部屋までの僅かな距離も手を繋ぐのに、あたしを振り返ることもなく歩いて行ってしまう。
あたしは慌てて追いかけ、ヒロトに続いて部屋に入るが、あたしを見ることもせず、ヒロトはソファに座ってずっと下を向いていた。
どうして良いか分からず、あたしはコーヒーを淹れて、ヒロトの前に差し出す。
「…………。」
ヒロトはそれが視界に入っていないのか、反応しない。
「ここに置いとくね。」
あたしはそう言って、ソファのサイドテーブルに置く。
「きゃっ……熱っ!」
ふいにヒロトがあたしの手を掴んで、あたしはあたしのコーヒーを落としてしまう。
足にかかって、熱さに思わず声を上げたのだがヒロトの耳にあたしの声は届かない。
「ヒロト、ラグが…ねぇ、コーヒー拭かなきゃ……ヒロ…っン…………っ!」
あたしはコーヒー塗れのラグに押し倒されて、髪も身体もコーヒーに塗れる。
もうそれは然程熱くはなかったが、ラグがベタベタしてまとわりついて気持ち悪い。
「ヒロト止めて…ねぇ……ダメだよ…いやっ……ヒロ…ぅあっ!!」
抵抗して、あたしがヒロトを押し退けようとすると、ヒロトはあたしを殴った…。
あたしは青ざめた。ヒロトがヒロトじゃない。
自分を完全に見失い、あたしを認識していない。
あたしはそれ以上抵抗はしなかった…いや、出来なかった。
殴られた頬は痛みとともに熱を持ち、コーヒーがかかった足は、少しヒリヒリして、多分若干火傷している。だけど、ヒロトはそんな事気付けないほどに余裕がなくて、昨夜の比じゃないくらいに塞ぎ込んでいた。
下着だけを乱暴に下げられて、いきなり無理矢理押し込まれて、無茶苦茶に突かれて、苦しくて痛くて辛くて…だけどそんなことよりヒロトがあまりにも悲しそうに辛そうにあたしを抱くので、あたしはそれで胸が張り裂けそうな思いで涙して、必死に耐えた。
ヒロトにそんな抱かれ方をしたのは、初めてだった。
昨日の夜だって、ヒロトに滅茶苦茶に抱かれたが、そこには確かにヒロトの愛を感じた。
今のヒロトからは、あたしに対する感情を感じない。
正直ヒロトが怖かった。今のヒロトがしている事は、言ってしまえばレイプと同じ。あたしはタクトの記憶が少し蘇ってしまう程に辛かったが、抵抗出来なかった。
ヒロトがこんな状態になるのは、中高生の頃以来だと思う。発作が出たり、あたしを殴ったり…そう、これはヒロトが中高生の頃に抱えていた発作だと思った。
宇佐美との再会はヒロトを闇に突き落としたのかもしれない。
最後に、父親が死んだと言っていた…何故それを宇佐美が知っているのか、何故ヒロトが手も足も出せない程に宇佐美は強いのか、強気なのか…
何も分からなくて、何も分かってあげられなくて、それがあたしは辛かった。
ヒロトはそのまま無言であたしを抱き続け、あたしは泣きながら抱かれた。
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