◆君の為に生きること (1/36)
「失礼致します」
部屋に入って来たのは、黒衣に身を包んだ年若い青年だった。一琉によく似た雰囲気を持ち、長く伸びた黒髪を首元で結っている。
初対面である彼と、雛乃の記憶にある“彼”が重なった。
「……う、そ……」
違う。そんな事がある訳ないと否定を口にするが、目の前に居る青年は在りしの暁久に酷似していた。
動揺する雛乃を見つめ、青年は苦笑を浮かべる。そして、紀寿に断りを入れ雛乃の目の前まで足を進めると腰を下ろした。
「ーー久しぶりだね。雛、僕が誰だか分かる?」
見た目も、声も、記憶にある暁久のもの。だが、少しだけ何かが違う。その違和感に雛乃は
直ぐ様気付いた。
(……アキ兄様は、自分の事を“俺”って言ってた。それに、伸ばすのが大嫌いで、髪はいつも短くしてた。だとすると、……まさか……!)
暁久は豪快な性格で、思った事を直ぐに口に出していた。雛乃を試すような言動はしない。
そんな暁久に対し、穏やかに物事を見つめるもう一人の兄ーー
雛乃はその兄の名を口にし、青年を真っ直ぐに見据える。その表情は既に歪みつつあった。
「……兄様……?」
「うん」
「悠久兄様、なの?」
「……そうだよ。こんな姿だけど、僕は悠久。君の兄だ」
雛乃は反射的に青年へ抱き着いた。青年はそれを避ける事無く素直に受け止め、雛乃を抱き留める。
「兄様! 兄様ぁ! に、……っ、にいさ……!!」
存在を確かめるように何度も呼び続ける雛乃を、青年は抱き締め返す。雛乃の身体は酷く震えていた。
「……ごめん。長い間一人にさせて、本当に……ごめん」
詫びた所で何かが変わる訳でもない。だが、自分達の死が、雛乃を孤独に突き落としていたのは事実だ。
「に、兄様の、……所為じゃない。兄様は、悪くないもの……っ」
「いや、僕の所為だよ。何も見抜けなかった僕の所為だ」
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