･Ｚ
＃[ACT:06](1/1)
無能なインテリ

回る廻るまわるﾏﾜﾙ
一つの歯車は全てを動かし､全ての歯車は一つの歯車を動かす




ACT:06




*金融庁管理局会計部監査室



｢どうだった??｣


｢へ??｣

ｽﾐｽは思わず間の抜けた声が出た｡


｢ｴﾝﾄﾗﾝｽﾎｰﾙだよ｡何だったんだ??随分遅かったじゃねぇか｡｣


｢あぁ､ちょっと用事も済ませていたものですから｡｣


返答に納得出来ないのか､妙な視線を送りながらｺﾞｲﾙは渋々ﾃﾞｽｸへと戻っていった｡


ｽﾐｽも自分のﾃﾞｽｸへと戻ると､綺麗に並べられた書類達へと向かった｡


しかし不意に先程の男女に違和感を覚える｡


例の不思議な二人組､確か名前はﾄﾑ･ﾄﾞｰｿﾝとｼﾞｪﾘｰ･ﾘﾁｬｰﾄﾞだった｡


あの二人が名刺を持ち合わせていたなら､素性も調べることが出来たのだが…｡



｢ﾌｧｯｼﾞくん｡｣


丁寧に自分を呼ぶその声に肩をﾋﾞｸﾘと震わせると､そこには上司である監査室長がにこやかに佇んでいた｡


｢うんうん､君も色々と大変だと思うよ｡｣


｢??…はぁ｡｣


｢まだ若いしなかなかの男前だしね､そういやこないだ会計部長の秘書の子に食事に誘われたらしいじゃないか｡どうだったんだい??｣


｢??丁重にお断り致しましたが｡｣


｢やっぱりね､そうじゃないかと思っていたよ｡まったく…他の男性職員に嫌われてしまうよ｡君を狙ってる女性は数多だからね｡羨ましいものだ｡｣


ｽﾐｽが全く会話の意図が掴めずにいると､目の前の今年入社30年目を迎える中年男性は､無駄に紳士な空気を崩さずに言葉を続ける｡


｢だから思う訳だよ､君はﾙｯｸｽも良いし…まぁ私には負けるがね｡稼ぎもそれなりだ､何てったって国家公務員だしね…まぁ私の方が稼いでいるがね｡｣


｢?????はぁ｡｣


｢まぁつまり､私の言わんとしている事はだね｡君はﾙｯｸｽも稼ぎも教養も社交性もｾﾝｽも安定した地位も持っている｡｣


｢???｣




｢なのに…



なのに何で君は会計士なのに


"計算出来ない"んだ!!!


こないだの会計書も書類も全部計算間違ってるじゃないかっ!!｣


いきなり語調が跳ね上がり､監査室は一時整然とした｡

ｽﾐｽは一人､苦笑いを噛み潰しながら心の中でこの先の結末を推測していた｡

全く､計算がこの上なく不得意な会計士がｽﾐｽ以外にいるだろうか｡

しかも､電卓という文明の利器が存在するにも関わらず､奴はそれを使うのを好まなかった｡

細かな計算でさへ紙とﾍﾟﾝで懸命に解いてゆくが､大抵が間違えている｡

その毎度の結末がこれだ｡そろそろ周りの人間の心情と自分自身の首の危険性に気付いて欲しいのだが…｡


結局冷静に怒る紳士によって渡された､山のような書類＋所用時間一週間は超すだろうと思われる雑務の数々｡

その上に通常業務｡

書類の期限からいって､当分残業は免れそうにない｡

その紙の水平線の向こうから覗くｺﾞｲﾙの笑みと室長の微笑みが妙に虚しかった｡








結果わかった事は､"紳士は怒らせるな"という事だ｡




*NoNameStreet空き家



ﾆｺﾙが空き家を後にしてから何時間経ったろうか､今では外はもう暗く影を落としている｡


やはり周りは廃棄物だらけで､月が出ているはずなのに何故かここら一帯にはその明かりは届いていなかった｡


ただ空き家から漏れる無機的な明かりだけがｼﾞｬﾝｸたちを照らし続けている｡


｢ﾘｱ姉さん､さっきから先輩ら異様に盛り上がってるんすけど……いったい何が?｣


ﾘｱと呼ばれた女性は白を基調とした奇妙なｱｰﾐｰﾙｯｸで､部屋の隅で床に落ち着いていた｡

ｱｰﾐｰﾙｯｸとは本来迷彩もしくは緑色で､姿を周りと同化させるのが目的である｡

にも関わらず､ﾘｱのは純白だ｡

今座っている床でさへその純白には致命傷だろう｡

しかしその違和感と整った容姿とのｷﾞｬｯﾌﾟが､より一層彼女の魅力を引き出していた｡


｢入団間もないMr.ｴﾄﾞｶﾞｰ･ﾗﾌｫｰﾚ｡皆祭好きだから､餌は大きいほどいい｡｣


｢餌…ですか｡｣


穏やかな声で返答されると､新入りはﾘｱの口の端が歪むのをはっきりと捕らえた｡



強奪狂｡



ここの奴らはその言葉が一番合っている｡


最年少の団員がﾎﾞｽを勤めるこの強盗団は一見､統率の取れていないように見受けられたが､中に入ってみると驚いたことに､下手な企業や裏組織よりも素晴らしい統率力を持っていた｡

なぜあんな年端もいかない少年がこんな組織を造れるのか…早くも入団数日にして理解した｡




つまり､ﾎﾞｽを筆頭に全員"歪んで"やがる｡




｢あれ??そういやｼﾞｬｯｸさんまだ外なんで…｣


新入りの言葉を制止するように､穏やかに扉が開いた｡


｢5時間19分35秒ぶりだな､ﾘｱ｡｣


｢Mr.ｼﾞｬｯｸ･ｻｰﾍﾞﾘｱ……酒はもう抜けたのか?｣


｢お蔭様で｡｣


そこには先程ﾆｺﾙに絡んでいた人物とは思えない程まともなﾃﾝｼｮﾝのｼﾞｬｯｸがいた｡


｢それで??Mr.ｼﾞｬｯｸ･ｻｰﾍﾞﾘｱ｣


｢何が??｣


新入りを妙な空気に巻き込んだまま古株二人は会話を続ける｡

この時､新入りは目の前の二人以外の団員の空気を悟り､そして同時に避難すべきだった｡







｢Mr.ｼﾞｬｯｸ･ｻｰﾍﾞﾘｱ"それ"は何だ??｣








そこでやっと意識がその色と辺りの空気へと向いた｡






赤…赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤｡






それと相反する真っ青な空気｡


｢あぁ､2時間41分36秒前にじゃれついてきたから遊んでたんだよ｡｣


ﾍﾞﾁｬﾘと嫌な音がして真っ赤な犬の首が転がった｡













｢ちょっとｼﾞｬｯｸさん､掃除する身にもなって下さいよ｡｣


苦笑混じりのため息を吐きながら新入りは､真っ赤な物体を掴み上げて､部屋の端のごみ箱に落とす｡



この強盗団はﾎﾞｽを筆頭に歪んでる｡






新入りの俺も含めて｡

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