鯨は煙の波を泳ぐ
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結局貰ったタバコは捨てられなかった。
ましてや友人にあんなことを言われたら尚更。
『鯨さんって、誰にもタバコあげないんだよ』
……きっとただの気まぐれだったのだろう。
だから、私が今から喫煙所に行くのも、
鯨さんが吸うラッキーストライクの味を知りたいと思ったのも、
彼が今喫煙所にいると変に確信を持って向かうこの足も、全部、全部。
全て気まぐれだ。
◇
「あれ、来たの?」
案の定、鯨さんは人気のないこの時間にひとり喫煙所で煙の中にいた。
「…気が向いたので。せっかく貰ったし味を知っておきたくて」
そう言うと彼は妙に嬉しそうに笑った。
そうかそうか、じゃあ俺が吸い方を伝授してやろうなんて言いながら。
……変な人だ。
「タバコは咥えて、それで少し吸いながら火をつける。……そうそう、上手い上手い」
タバコの先端がほの赤く光る。
初めて吸うタバコだ。
思ったよりも嫌な味はしない。
むしろアルコールよりいいかも知れない。
ああでも、やっぱり少しだけむせる。
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